第22話

「実蔵は温かいと思ってたけど冷たいんだな、手」


「眠くなると急激に高くなりますよ」


「ガキかよ」


店長が笑うけど、目線は前を向いたままで表情を確認出来ない。


店長、なにも聞かないんですか?


恵里さんから何を聞いたのか。


私が店長を軽蔑してないか。


どう思っているのか。


何を思っていますか?


何を考えていますか?


表情が見えない店長に心の中で問いかけても答えてもらえるわけはなく、ただただ私の手を掴む店長の熱に目線を奪われたいた。


このとき冷静な判断が出来ていれば、会いたいと言われたとしても家に行くのは絶対だめだったと思う。


それでも、そのときの私は店長の手に引かれるまま、店長の部屋の前まで来てしまったのです。


ジーンズのポッケから車のカギも一緒についた家のカギを取りだし、慣れた様子で私を引っ張りいれた。


「……店長も車のカギにつけてるんですね」


「楽じゃん。絶対家のカギと車のカギは使うものだし」


私の当たり障りない質問に答えながら、履いていたブーツを脱いで家に上がる。


わたしももう入ってしまったら覚悟を決めて、ブーツを脱いで家に上がる。


店長の家の中はもう想像通り、物が少なく白と黒で統一されたシンプルな部屋だった。


リビングのソファーに腰掛け、じぶんの隣に座れと合図を送る。


「……座んないとだめですか?」


「だめ。寂しくて死んじゃう」


なんて、顔に似合わないことを言うので、大人しく店長の隣に行き腰掛けてた。


すると、ふわっと店長の香水の匂いが鼻を掠めて、店長が私を抱きしめていることに気付いた。


「店長…、ちょっ、待って!!」


「何もしないから、これ以上はしないから、拒否んないで、」


「店長…、どうしたの?おかしいよ」


「タメ口」


「…どうしたんですか?様子がおかしいですよ?」


「わかんない、どうしたんだろうね、俺」


調子狂うことばっかしないでよ。


冷たくて女遊び激しくて、口が悪いヤンキー店長はどこいったの?


こんなガキ相手にそんな顔しないでよ。


こんな店長見たくない、私にそんな目を向けないで。


私は、店長とどうこうなるわけにはいかない。


恵里さんの気持ちを裏切れないよ。



「店長、恵里さんから聞きました」


「…どこからどこまで?」


「どこからどこまでだと思いますか?」


「俺が恵里の気持ちを弄んで孕ませたのに責任取らずに逃げたこと?」


「……っ、わかってんじゃないですか!!だったら、私にこんなことしちゃいけないんです。のこのこ着いてきた私も悪いですが、店長、これ以上恵里さんを傷つける行為はだめです」


「恵里には新しい彼氏がいるじゃん」


「店長わかってるでしょ!?恵里さんの気持ち、わかってるんじゃないの?」


「実蔵こそ、俺の気持ちわかってんじゃねえの?」


「……わかりません。わかることはできません、恵里さんの気持ち知っちゃったんです、恵里さんの悲しみを私も知ってしまったんです。だから、だめなんです」


 

―――店長のビー玉みたいな大きな瞳から涙が流れた。



男の人が泣くところを初めてみた。


しかもそれが店長なんて信じられず、その瞳から視線をそらせなかった。


「なんで泣くの…」


私の声に店長は答えず、私の頬を流れる涙を長く綺麗な指で掬った。


わたしも泣いていたんだ。


店長の涙を見て、我慢できずに泣いてしまったんだ。


涙を掬う指が頬を撫でてから頭の後ろに回る。


ゆっくり私の頭を引きよせ、自分の唇にわたしの唇を重ねた。


「…っ、ん!」


優しく重なったはずのキスが、触れた瞬間強引なものへと変わる。


舌で唇をこじ開け無理やりに絡めようとする。


キスをやめさせるために必死に店長を押し上げるけどびくともせず、覆いかぶさる店長によってソファに倒されていく。


その間も強引に舌を絡めるキスは止まらない。


店長、店長、店長―――



頭の中に恵里さんの声がこだまする。


さっきと違う涙がどんどん溢れる。


嫌だ、傷つきたくない。


店長の子供を妊娠するなんて嫌だ。


付けてくれるのが当たり前だと思ってた悠真の優しさを今の状況で痛感するなんて思ってなかった。

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