実蔵
第20話
実蔵は初対面から変わった印象だった。
掴みどころがない、変なやつだと思った。
散々新人バイトの女性とどーのこーのと騒がれたのに嫌気がさして、実蔵とならうまくやれると思った。
変な色恋事情に巻き込まれず、店長とバイトとして良い距離を作れると思ったのに、あいつはとにかくバカでアホで、俺から目を離させなかった。
バイト初日。
俺の代わりに面接をしたマネージャーと一緒に実蔵が来るのを待つ。
本人には絶対ばれないように気を付けているが、俺はこいつが大嫌いだ。
本当ならば顔を会わせたくないが、新人が初出勤する今日しかここに来ることはないから我慢するか。
そう自分に言い聞かせて扉が開くのを待つと、履歴書の写真よりも少し落ち着いた髪の毛を胸あたりまで下ろした実蔵が入ってきた。
面接をしたのが9月と聞いていたから、その間に染めたんだろう。
一瞬俺にびくっと覚えた気がしたけど、挨拶をしたらほっとしたように表情を和らげた。
身長は女子の平均よりも高いのに、小動物のような印象を受けた。
が、その印象もすぐに覆った。
こいつは打たれ強いし学習能力もない。
俺を怒らせる天才だった。
実蔵が言ったように俺はドMでもいじられキャラでもない。
どっちかっていうとそんな扱いをされるのは嫌な方だ。
口も悪いし冷たいと言われることも多かった。
バイトの連中とうまくやっていくために演じているようなもんだが、初日からそれに気づいたのは実蔵が初めてだった。
こいつは無自覚のまま、俺ががっちがちに何重にもカギをした扉を叩いて触れるんだ。
俺の表情の変化にすぐ気付く癖に、自分が触れたことには気づかない。
ばかな俺は、お前ならって思ったんだ。
俺のこと受け止めてくれるんじゃないかって。
そんな甘い考えを悟られないようにご飯に誘ったら、天罰があたった。
急にドタキャンされて、あの元彼と会うんじゃないかと思って電話をしたら、今日の夜は恵里をご飯に行くと返答が来た。
全く予想していなかったところから、実蔵を失うかもしれない可能性が飛んできた。
恵里はきっと話す。
実蔵に話すために食事に誘ったはずだ。
俺から実蔵を遠ざけるために、俺の知られたくない過去を話すだろう。
自業自得だ、自分が撒いた種だ。
恵里に消えない傷をつけたのは自分だ。
それなのに、失いたくないと思うんだ。
なんで実蔵はあんなにまっすぐなんだろうか。
それなのに周りの思惑に気づかない。
行くなよ。
離れんなよ。
まだ知らないことばっかだけど、お前がいなくなるのはやなんだよ。
「店長!」
俺を呼ぶ実蔵の笑顔を、もう見れないかもしれない…
終わったら連絡する、そう言ってた実蔵からの着信はいまだにない。
待ち切れずに連絡した電話も繋がらず、折り返しの電話がかかってくる様子もない。
もうじき朝日が顔を出す。
もう俺が眠る時間がやってくる、未だ実蔵からの連絡はない。
「もう、来ないかもしれないな…」
実蔵、会いてえよ。
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