第19話

店長に電話するって約束した。


待っているって言ってた。


だけど、恵里さんの話を聞いた。


店長の要求に応えるのは裏切り行為になるじゃないかな。


悠真だってもう別れたのに、裏切ったのに、もう恋なんて当分したくないのに、もう辛い恋なんて嫌なのに。


頭に色んな考えが浮かんで消えるのに、足は自然と悠真のいる場所に向かう。


あと少し、あと3歩で悠真に届く距離で、悠真の長い腕が私を掴んで引き寄せる。

 


―――グイッ……ドサ


悠真の腕の中に収まった。


もう離さないというように背中に回された腕に力が入る。


いっぱいいっぱいだった。


恵里さんの話を聞いてふつふつ上がる店長への嫌悪感と苛立ち。


それに隠れるように傷つく自分がいた。


知らないうちに店長に恋をしていたのかな。


自分でも気付かないうちに店長を好きになってたのかな。


じゃあ、今私を抱きしめる悠真は?


悠真の腕を振り払えないわたしは…?


ーー実蔵


ーーー実蔵


頭の片隅でわたしを呼ぶ声が聞こえる。


悠真は私を腕の中に閉じ込めたまま、リュックから鍵を取りだして玄関のカギを開けた。


悠真をこのまま中に入れたら私はまた体を重ねてしまう。


それを望んでいる自分がいるのも確かで、もう自分の感情を見つけることも出来なくなっていた。


もう限界、キャパオーバー。


もうわかんないよ、もうわかんないんだよ。















何も知らないはずの悠真が私を強引に抱く。


スマホが時折着信を知らせるランプを点滅させる気がした。


暗い視界の中で唯一確認出来るのは、泣きそうな顔で私を抱く悠真だけ。


悠真の指が私の体全体を自由に遊ぶ。


時折息が出来ないほどのキスをして、なにも考えさせないように激しく動く。


涙が滲んできた、


泣いているのはわたし?悠真?



「戻ってこいよ、ひな、行くなよ…」


悠真を好きだった頃に、悠真と付き合っていた頃に戻りたい。


今の私には抱えきれないほど、色んなものが絡んだ恋を始めてしまった。







恵里さんは店長の特別な人だった。


店長の子供を授かった。


そして、別れを選択した、そんな辛すぎる過去を私は背負えないよ。





行為が終わったあと、床に散らばった洋服を集めながら裸の体に着せていく。


ベッドでうつ伏せに寝ながら私を見ていた悠真が小さく名前を呼ぶ。


「俺のこと嫌いになった?」


「……嫌いになれなくて困ってるよ」


「ひなの胸の中にいるやつより、俺の存在はまだ大きい?」


「……いつから悠真は気づいてた?」


「この間、会ったときから」


「悠真の第六感はすごいね、私なんて今日気づいたよ…」


話していて滲む涙が視界を遮る。


「第六感なわけねえだろ」


苦しそうに言葉をこぼした悠真はベットから立ち上がり、私を背後から抱き締めた。


私の涙腺は完全に壊れて、どんどん大粒の涙が床に落ちていく。


「嫌でもわかんだよ、好きなやつのことだから、ひなが好きだから…」


悠真の腕の中が大好きだった。


年下なのに体はしっかり大人で、身長が高めの私を余裕で越した身長に、いつも付けている香水の匂いが私を安心させた。


悠真、悠真にまで辛い思いさせてるんだね。


なんでお互い辛い恋を手放せないんだろうね。


悠真の腕に抱かれながら、店長が頭をちらついて仕方ない。


電話を待っているかもしれない。


それとも待ち切れず、他の女性といっしょにいるかもしれない。


わたしのように、他の人と同じ時間を過ごしているかもしれない。


好きになってはいけない人を好きになった。



自称彼女が4人もいる人、


本命彼女はバツイチ、


恵里さんは店長の元カノ、


店長と辛い過去を共有している、まだ店長に恋をしている。




絶対に好きになってはいけない人だった、恋に落ちた私はバカだ。

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