第18話

「実はいるんだよー。桐山くんとの子供じゃないよ。わたしバツイチで、彼と関係を持つ前に離婚してるんだけど子供が1人いるの」


「今日お子さんは?」


「おばあちゃんちに泊まる日だったからひなを誘ったの。だから大丈夫よ」


「そうなんですね…、女の子ですか?」


「当たり。よく男の子?って聞かれるのによくわかったね」


「女の子だったら嬉しいなって願望です」


「ふふふ。旦那さんに似てかわいい顔してるよ」


「今度会ってみたいです!」


「人見知りするけど、ひななら大丈夫かもね。昔はあいつにも懐いてたけど、今は全然、すっかり顔を忘れちゃったみたい」


恵里さんのそばが落ち着くのは、色んなことを乗り越えた強さと、子供を育てる母性とあふれ出る女性としての魅力だったんだ。


そして、店長をあいつと呼ぶのには、こんな悲しい理由があったんだ。




―――ブブブ…


マナーモードのスマホがテーブルの上で振動する。


短い振動だったので多分ラインだ。


恵里さんに目線を送ると「いいよ。気を使わないで大丈夫」と合図をくれたので、お言葉に甘えてラインを確認する。


もし店長でこの後すぐ電話をかけるとかの内容だったらどうしよう…と不安だったので、急いでロックを解除し通知からラインを開くと、……悠真からだった。



「ん?どした?」


「…さっき話した噂の元彼です」


「え?え!どした!?どんな内容だった!!」


興味津々な好奇心を隠さず前のめりになる恵里さんにスマホの画面を見せた。




「……写め送ってあげる?」


「こんなに信用ないものかとびっくりですよ」



画面のメッセージには、今誰といんの?の一文だけ。


「今朝電話があって話したんですよ!?バイト先の元先輩とご飯に行くって、女性だって!なのにこれってどういうことだと思います?自分は浮気しといて…!」


「まあまあ男は勝手な生き物なのよ。高校生だし、素直に言葉にするだけかわいいじゃん」


「店長は焼きもち妬くとき言葉にしないんですか?」


「滅多に妬かれたことないけど、……言葉よりも顔に出すタイプよね。不機嫌オーラがこっちまで漂ってくる感じ」


「うわー…やっぱ最低男ですね。自分棚上げ!」


その後も女子トークは盛り上がり、悠真への返信をしてなかったことなどすっかり忘れて楽しんだ。








お会計は恵里さんがもってくれて、お言葉に甘えてごちそうになった。


帰りも自宅のある駐車場まで送ってもらって、別れ際もお礼を言って車を降りた。


恵里さんの車が見えなくなるまで見送ると、自宅に戻るために階段を上る。


階段を上がっている途中で電話を知らせる振動がなり、歩く足を止めずに電話に出た。


「はいもしもし」


「終わったか?」


「あ、はい、今……」





違う、店長じゃない―――




電話の相手を確認する癖がない理由は、私に電話をかけてくるのは9割悠真だったから。


悠真からの着信しかほとんどない私のケータイでは、とりあえず出ても悠真の確率90%以上、普通に出て相手の様子で違う人だと判断も出来る。


しかも夜の時間に仕事関係の連絡が入るなんて滅多ない、と思っていた。


なのに、なんで電話の相手が店長だと思ったんだろう。



「悠真、ごめん、返事、書いてなかったよね」


「既読のままだったんだけど」


「ごめん、女子トークが盛り上がっちゃって忘れちゃってた」


「うわー…てか、どんな話題で盛り上がったの?」


「自分を棚上げに女子を責める最低男の話」


「……耳が痛いデス」


「ふふふ。悠真明日も学校でしょ?寝なくていいの?」


「あ?ん…今日は平気、自宅よりも学校に近い場所に泊まるから」


「今日お泊りなんだ」


「そうだよ、だから早く帰ってこいよ」


そう言い終わる悠真の声と同時に、じぶんの部屋があるフロアに着いた。


そして、自分の部屋の前に座りこむ悠真の姿が目に入る。


私が着いたことに気付いた悠真はゆっくり視線を私に向ける。



―――捕まる、


そう思った時にはもう遅くて、悠真の視線に捉えられていた。




店長の言葉が頭をよぎる、


恵里さんの泣きそうな笑顔が浮かぶ、


目の前の悠真が私を捉える―――



絡まる糸をほどくことはできない、蜘蛛の巣に捕まったら最後だ。

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