第17話

「恵里さんと店長のお話を聞いてもいいですか?」


私から核心を突くことにした。


恵里さんは少しだけほっとしたように表情を和らげ、店長との関係を話してくれた。



「ひなは店長とキスしたことある?」


「ないです!ないない!!」


「体の関係を持ったことは?」


「ないです、あり得ないです」


「……わたしと桐山くんは、彼氏彼女の関係ではなかったんだけど、2人で会ったり食事をしたり、ホテルに行ったりと、そういう関係はあったの」


「恵里さんは、彼女になりたいって思わなかったんですか?」


「その時桐山くんには彼女がいたんだ、年上の」


「え!めぐさんですか?」


「え?今めぐと付き合ってるの…!?」


「あ、違います違います!えと、今店長には彼女だっていう自称彼女が4人と3つ上の本命彼女がいて、その本命彼女の名前がめぐさんなんです」


「あ、そっか…焦っちゃったよ、あいつまたお店の女に手を出してるんじゃないかって」


「店長は常習犯なんですか?」


「あの顔だし、バイト先では店長って地位にあるしモテるにはモテるよね」


「……なるほど。でも今のところお店の子に手は出してないみたいですよ」


「そうみたいだね。で、その彼女と別れる条件があって、それを叶えるまでは彼女に出来ないって言われてて、彼氏彼女未満の関係で一緒にいたの」


「なんで別れちゃったんですか?店長が彼女といつまでも別れなかったからですか?」


「もうすぐ別れるって頃に、わたしの妊娠がわかったの」


「え……わ恵里さん、店長の子供妊娠したんですか?」


「あいつゴム嫌いみたいで、いつも付けずにやってたの。まだ正式に付き合ってないから気をつけてはいたんだけど…」


「赤ちゃん、どうなったんですか…?」


「……産めなかった」


ふわりと笑った恵里さんの顔が涙で滲んでいく。


我慢しきれなかった涙が下へと落ちていく。


「なに泣いてんのー!」なんて明るくいう恵里さんが余計に涙腺を弱める。


これこそ笑って話せる内容じゃない。


どれだけ苦しんでどれだけ悩んで決めたんだろう。


乗り越えたんだろう。


恵里さんは産みたかったはずだ、大好きな人の赤ちゃんだもん。


今でも好きな人の赤ちゃん。


産めなかった、恵里さんのお腹から出されてしまったんだ。


そんな悲しみを抱いたまま、今も店長のそばにいるんだ。


「なんで、店長は産もうって言ってくれなかったんですか?」


「長いメールが届いたんだけど、もうそれを読む余裕もなくて、先に下ろしてほしいって言われてて、どうしてもそれが言い訳にしか受け取れなくて」


「店長最低、最低だよ、親になる勇気も準備も出来てない中で無責任な選択をして、最後にいちばん辛い選択を恵里さんに叩きつけた、ひどすぎるよ…っ」


「それがきっかけで別れることになって今に至る、かな。あれから2年以上経ってようやく人に話せるようになった。めぐにも話してない、初めてひなに話したんだ」


「……なんで、話してくれたんですか?」


「ひなだったら、私の気持ちを純粋な気持ちで受け止めてくれる気がしたのと、ひながあいつに傷つけられないように、先に予防をしたかった」


「……恵里さんが話してくれた気持ち、絶対忘れない、大事にする。だけど、店長と私がどうこうなるのは考えられないよ」


「そうかな?なんかそんな予感がするんだよね。もしセックスすることになったら付けてもらいなさいね」


「……そんなこと言わないでよ、恵里さんの好きな人なんだよ、するわけないじゃん」


「もう何度も好きじゃないって思うのに、なんで終わりに出来ないんだろうね」


そんな風に笑わないでよ恵里さん、恵里さん悪くないじゃん。


恵里さんは傷ついた張本人で、好きな人にこんな仕打ちを受けて終わりにしょうがないよ。


「全部店長が悪いよ。悪い男に捕まっちゃったんだよ。恵里さんが素敵な女性だったから、情けない男は恵里さんの包容力に甘えてたんだよ」


「包容力ね、自分では全然子供な気がするんだけど、子供産んでる分母性は強いのかもね」


「……え?恵里さん子供いるの!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る