第9話

「…ひなた」


「へ?あ…やっ!んっ…」


呼ばれて振り向いた瞬間にTシャツを捲られ、抵抗する前に腕を抑え込まれた。


胸に小さな痛みを感じて、離れた悠真の目線の先を追うと、たった1個なのに大きく主張するキスマークがついていた。


「見えるところにつけてねえから問題ないだろ」


「それはそうだけど…」


「他の奴とセックスするときには見えるけどな」


「っ……!」


まだ高校生で、私からしたら4つも下の悠真からそんな言葉を聞くと思ってなくて、違う意味で驚いた。


「悠真、わたし好きな人いないし彼氏も作ってないよ、そんな上手に切り替えできない、恋愛だって当分しなくていいと思ってる」


「ひなたがそう思ってても周りはそうとも限らないじよん」


「悠真だって、自分がそう思ってても周りがそうとも限らないんじゃないの?」


「だったら付けろよひなたも。俺はひなのものだよ、別れても、俺が好きなのはひなただけだよ」


だったらなんで浮気したの?


信じたかったのに、信じてたのに、なんで裏切ったの?


そんな私の気持ちを気に留めず、悠真は先ほど簡単に留めたYシャツに手をかけ、鎖骨に近い位置に付けてるよう手で襟元を広げて見せた。


悠真のペースに乗せられて悔しい。


だけど、自分ばっか独占欲に縛られるのは嫌だ。


わたしの初めての相手は悠真だった。


キスマークを付けられるのだってキスマークを付けるのだって悠真が初めてなんだ。


どこかの小説で読んだ、独占欲を付けるのは若い高校生のうちだけだって。


高校を卒業して大人に足を突っ込むわたしが、キスマークをつけるなんて滑稽なのかな。


悠真の鎖骨につける勇気なんてなくて、少し離れて見えにくい場所に唇をあてようとすると、悠真が頭の後ろに長い指を絡ませ、鎖骨の位置までわたしを誘導した。


指に絡んだ髪を優しくいじる悠真に、泣きそうになった。


それ以上逆らうことなく、悠真の鎖骨に独占欲の印をつけた。


キスマークを付け終わった私の唇を追って、悠真が深いキスをした。




時間になったので、悠真と一緒にわたしも家を出る。


少し距離を作りながら、2人で階段を下りて下に向った。


階段を下りる途中、一言も会話を交わさなかった。


うんん、交わせなかった。


もう会いに来ないでも、また会いたいも、どれも言える言葉じゃなくて、話せる言葉なんてひとつも出てこなかった。


下まで降り切ると悠真は何も言わず、私の髪を優しく撫でて、軽いキスを落とした。


わたしはただ悠真を目線で追うだけで、少しの間帰る悠真の背中を見つけて、車に乗り込んでバイト先に向かった。


車の中で流れるアルバムは悠真とよく聴いていた曲で、余計に私の胸を締めつけた。

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