キスの香り

第5話

耳元で着信を知らせる音が鳴っている。


 途中で切れては、また鳴る。

 

 夢の中から現実に覚醒してきたとき、はっきりと、着信を知らせる音に気づいた。


 急いでスマホを手に取ると、発信元は『翔琉』。


 また切れる前に電話に出ないと…!


 急いで通話ボタンを押して、電話に出る。


「もしもし…!」


「星菜?今、どこいんの?」


「え、あ、家だよ!」


「…りょーかい。あと10分で着くから」


「え、え!?え!?向かってるの?」


「あとでな」


 言いたいことだけ言って、翔琉からの電話は切れてしまう。


 翔琉と私は中距離恋愛で、翔琉の家から私の家まで1時間はかかる。

 

 あと10分ということは、家の近くまで来ているということ。


 会えるの?来てくれるの?泊まりに来ないって、気持ちが冷めたって言ってたのに、どうなるの?


 別れ話をするの?今日で終わりにするから、荷物を取りにくるの?


 翔琉の意図がわからず、待っているだけの時間が怖くて、安心する居場所だった家の中が落ち着かない。


 翔琉から言われた時間より早く部屋のインターホンが鳴る。


「はーい!」


 急いで玄関まで行き、誰か確認せずに開けると、「…不用心」と心配と複雑な気持ちが混ざった顔をした、翔琉が立っていた。


 私の瞳に涙がじわーっと浮かんでくる。


 翔琉の意図がわからない、知りたいけど、口を開いて、また「冷めた」って言われるのも怖い。


 何も言えずに立ち尽くす私を見つめていた翔琉。


「ごめんな」


 そう口にしたと思ったら、腕を伸ばして乱暴に抱きしめた。


 いつもの優しい感じと違う、荒々しいものだったけど、私が逃げないように、大きな体で覆うように、腕の中に閉じ込める様に。

 

 戸惑って何も言えないし、翔琉の背中に腕を回していいかもわからない。


 翔琉の腕の中で大人しくする私に、翔琉がもう一回、「ごめんな」とつぶやいた。


 緩んだ腕が、私と翔琉の目が合うぐらいの隙間をつくる。


 翔琉の真剣な目が私を捉えてすぐ、翔琉が顔を近づけた。


 顔がすぐにぶつかりそうなぐらいの隙間しかない。


 玄関の中で背中は壁。


 翔琉の腕が身動きを塞いだまま、逃げるなんて無理だけど、私は必死に抵抗をした。


「ま、まって…!」


「待てない」


「お願い…!」


「逃げんな」


「無理…っ」


「無理じゃない」


 顔をそむける私を追いかける整った顔の翔琉の目が、本気で怒っているのが伝わる。

 

「だって!ギョーザ食べた後だから…!」


「気になんねーよ、ばか」


 翔琉の手に顎を掴まれて、舌をがっつり入れられるキスをされた。


 (絶対…、にんにくの匂いしてるよ…)


 そう思うのに、翔琉は本当に気にしてない様子で、涙で顔が歪む私の顔を覗いで、愛しそうに頬を撫でてから、キスをする。


 何度も、そうやって繰り返し、私のことを愛してるよって顔をして、キスをして、深くまで翔琉の刻んで、昨日の記憶をなかったことにしようとするの。

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