第3話

翔琉は、安心と不安を交互にもってくる。


 私に本当の「恋」を教えて、天国と地獄を両方、味合わせるの。


 こんなにたくさん泣いても、翔琉には私の気持ちは届かない。


 傷ついている私に気づいて、抱きしめてくれる優しさはもう、ない。


 頭の中で、翔琉が残した「気持ちが冷めた」事実が、何度も何度もこだまして、涙が止まる様子はなかった。








「あ、すごい腫れてる…」


 冷やす余裕がないと思って、泣きっぱなしにした瞼は、見事にぷっくら。


 重たい瞼をあげてコンタクトを入れたら、自分の泣きっ面がはっきり見えた。


 しょうがない、そんな簡単に気持ちを切り換えることなんて、できないから。


 泣くのにも体力を消耗する。


 そのおかげで寝落ちができたのに、ぐっすり眠るほどの心の余裕はなかったみたいで…。


 いつもより短い睡眠時間で目が覚めるし、起きてすぐに確認したスマホに翔琉からの連絡もなし。


「ほんと、どうしよう…」


 洗面台でつぶやいた本音が、寂しく消えていく。


 今日は一日、何も手につかない自信がある。


 だからといって、連絡を待って屍のようになるのもいや。


 今までだって、一人に慣れてきた。


 翔琉が、…たまたま、私の拠り所になってくれただけで、本来の私は強いはず。


 メイクをしよう、着替えをしよう。


 いつも通り、朝ご飯を食べて、掃除をして、洗濯をほして…。


 ルーティンをこなしているうちに、気持ちが落ち着くはずだから。


 用事が済んだら日記を書こう。


 日記を書き終わったら、借りてきた本を読んで、お昼ご飯を食べたら、ギョーザ作りを始めて…。


 頭の中で予定を組み立てながら、支度にとりかかった。


 どうせ会えないから、翔琉は来ないから、今日のギョーザはニンニクとにらをしっかり入れて作ろう。


 一人に慣れていた私に戻ればいいだけの話。


 いつも通りの行動が私の心に安定をもたらしてくれた…と、思っていたのに。


ギョーザの皮を包んでいると、涙が溢れてくる。


『俺、星菜のギョーザ好きなんだよね』


 聞こえるはずがない、翔琉の声が頭の中に蘇る。


 記憶の中の翔琉は、慣れた手つきで私を抱きしめて、邪魔をしながら甘えた声を出す。


『早く食べたいなー…』


『星菜が美味しく作るから、いつも食べ過ぎるんだよ』


『見て!最近、腹が出てきたんだけど』


 そういいながらめくる服の下には、しっかり割れた腹筋が見えていたのに…。


「ばかだなー…翔琉、やせの大食いで、本当に…」


 思い出す記憶の中の翔琉は、昨日の翔琉の姿と正反対。


 明るい記憶と、昨日の悲しい記憶が交互に襲ってくる。


 翔琉が濃い味が好きだから、ギョーザの味もしっかりした味付けにしていた。


 匂いにまで翔琉の記憶が残っているなんて…。


「末期だよ…」

 

 この部屋には、翔琉が残した記憶の香りが、多すぎる。

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