第48話

「優香が、…別れたから、元カノ、のことね。元カノが、俺の気持ちが離れていることに、気づいて。不安定な状態が増えてきたんだ」


「……うん」


「突き放すことが出来なくて、優しくしないといけないって。こういう気持ちで接すること自体、良くないし、元カノを傷付ける最低な行為だったのに、俺が、決断できなくて…」


 望月くんは、精一杯、優香さんを大事にしてたよ…。


 だから、優香さんは、望月くんから離れたくなかった。


 あのときの優香さんを思い出せば、望月くんに悪いところはなかったって、彼女のことをすごく大事にしてたって、思うよ。

 

 じゃないと、望月くんのこと、あんなに好きでいないよ。


 いいたいことをぐっと堪えて、望月くんの言葉に、耳を傾ける。


「試着室のとき、俺の態度が元カノを傷付けた。ひどくひどく、傷つけた。不安にさせていたのに、…俺が、三上さんを好きだって、元カノに伝わって…」


 ぽろ…。


 わたしの目から、涙がこぼれ出した。


 嬉しい涙じゃない、苦しい涙だ。


 優香さんを傷付けたのは、望月くんじゃない、わたしだ。


 わたしなんだと、実感して、優香さんの気持ちが直に来る。


「わたしが、…望月くんを好きにならなかったら、望月くんはわたしに興味を持たなかった、好きにならなかった…。わたしが思いを向けてしまったから…」


 彼女想いの望月くんが、わたしに目線を向けてくれたのは、わたしが好きだって向けてしまう気持ちに、視線に、気づいてしまったから。


「なんで、そうじゃないよ」


 望月くんは、どうしていいか分からない表情を残して、優しく微笑んだ。


「あの後、…別れ話に踏みこんだんだけど、大泣きで。すごく傷つけていたことを、本当に、痛感した」


「うん……」


「別れない方が、みんな、丸く収まるのかなって。俺が諦めるのが、一番いいのかなって。はせが三上さん好きなのはすごい伝わるし、あいつは本当にかっこいいし」


「……」


「でも、諦めきれなかった。はせが、頑張れって言ってくれた言葉を、無駄にしたくなかった。こんな情けない俺を、心配して、背中を押してくれる親友に、恥じない俺でいたくて…」


 望月くんの手が、ぎゅっと拳をつくるわたしの手に触れた。


 優しい目でわたしを見つめて、望月くんが、最後の言葉を口にする。


「三上さんのこと、諦めたくなかった。……今でも」


 ぽたぽたと落ちる涙は、今度はどっちの意味かわからない。


 不謹慎だけど、嬉しい気持ちは混じってると思う。


 だって、嬉しいって思わずにいられない。


 好きな人が、じぶんを見て、好きだと言ってくれる、こんな幸せが、他にあるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る