第42話
「はせ、悪いな、退勤しているのに…」
「全然大丈夫ですよ。洸が、心配だし…」
「腫れてた?」
「これから腫れるかな?って感じですかね」
「冷蔵庫にある保冷剤で冷やさせるか…」
「菜子さん、そろそろ戻ってくると思うし、ちょっとだけ里帆を連れ出していいですか?両替もやってくるんで」
「…行った方がいいかもね」
はせくんと久保田さんの間で、会話が成立していく。
表面上の言葉だけで、わたしは2人の意図を汲み取れない。
(なんでいきなり?)
思ったことが顔に出ていたのか、久保田さんが申し訳なさそうに口を開いた。
「たぶん、気まずいと思うから…、かっこ悪いところ、三上さんに見られたくないでしょ?」
久保田さんが向ける申し訳なさは、望月くんに向けたもの。
試着室から出てくるところも、叩かれた頬を見られるのも、イヤだろう…と、配慮した2人の気持ちだった。
「ついでに、頑張った俺のことも見送ってよ。それぐらいのご褒美あったっていいよね?」
「…ありがとう。久保田さん、両替、行ってきます」
両替の準備をして、退勤の支度を終えたはせくんと並んで、お店を出た。
並んで一緒に従業員入り口へと向かう。
両替の機械もちょうど、そっちの方にあった。
はせくんは、無理に話題を振ろうとしないし、わたしの様子を過剰に心配することも、しない。
ただただ、並んで歩くだけ、それだけが、今はすごくホッとする。
両替室に到着すると、はせくんはいつも通りの顔で「またな、頑張れよ」と声をかけて、帰っていった。
はせくんに助けてもらうことが、今までも、今も、たくさんある。
してもらったことばかり、あるのに、今も、わたしの心の奥に根強くいるのは、望月くんで…。
彼女さんの、あの姿を見ていなかったら、なりふり構わず望月くんのところに向かってた。
心配する気持ちを「無になること」で閉じ込めて、今も、必死に扉を閉めて堪えてる。
望月くんの心の傷が、深くありませんように。
望月くんの傷が、浅くありますように。
望月くんが、泣いていませんように。
わたしに出来ることが、少なくて、悔しくて…、悔しくて…、苦しい、です。
両替を終えて戻ったときには、望月くんが帰ったあとで、…すれ違うことも、出来なかった。
菜子さんと久保田さんの心配する優しい表情に、色々と聞き出したい気持ちになったけど、ぐっと堪えて、退店までの仕事をする。
今日のことが大事にならないように、望月くんがこれ以上、苦しめられないように。
阿吽の呼吸で、無言の了承が成立したのを感じた。
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