第41話

ーーバチーンツ


 人がいなくなる時間帯、静かなフロアが、余計に音を響かせた。


「え…」


「…やられたな」


 硬直したわたしと違い、はせくんは冷静に状況を確認しに向かう。


 それと同時に、出てくる人影を目にした。


 音が鳴った方に視線を向けていたわたしは、出てきた彼女さんとばちっと目が合い…。


 人生でこんな目を向けられることは滅多にないだろうと思うぐらい、全身で「あなたが嫌い」だと伝えてくる口から「くそ女」。


 痛々しい悲しい言葉を、受け取った。


 これが、彼女さんの抱える、胸の内の痛みだろう。


 見た一瞬は怖いと思った彼女から、こんなにも悲しくて苦しい痛みを感じて、何も言い返せない。


 無意識に浮かんでくる気持ちは「ごめんなさい」だった。


「里帆…?」


 様子を見にいってたはせくんが、呆然と立ちすくむわたしを、心配した表情で見下ろした。


「大丈夫か?」


「…うん、大丈夫。」


「…洸、思いっきりやられてた」


 はせくんが、わたしの言葉に出ない気持ちを、汲み取ってくれる。


「…痛そうだね、すごい音だったし…」


「痛いんだよ、まじで。意外と力強いから」


「え?」


 実際に受けたことがあるような発言をするはせくんを、びっくりした表情で見上げると…、「俺もあるから、やられたこと」。


 知らない事実を暴露した。


「もしかして、菜子さんをかばって?」


 さっき、久保田さんが言ってた言葉が頭の中で繋がった。


 叩かれたのが他の子だったら、問題になっていたはず。

 

 店舗で起こったことなのに、大事になっていなかったのは、望月くんに理解があるはせくんがかばったから。


 菜子さんを守って、叩かれたのが、はせくんだったから。


 だから、はせくんはわたしと彼女さんの接触を心配してて、試着室に、隠してくれた…?


「早く、別れてほしんだけどな。難しいな、あれほど依存されてると…」


 間に立たされているはせくんの苦労は、計り知れない。


「洸、試着室に閉じ込めてるから、しばらくそっとしといてやって。翔さん帰ってきたら、冷やすもの調達してもらうから」


「…うん」


「大丈夫だよ。イケメンは崩れてないから」


 そうやって笑うはせくんに、わたしも頑張って、笑顔を見せた。


 


 戻ってきた久保田さんの顏は、もう、なんて表現したら迷うぐらいの、複雑さを含んでて…。


 音も聞こえていただろうし、事態を把握していると思うし、起こったことは仕方ない、収拾するために、やらないといけないことを優先した。


 だけど、本当は心配で不安だった、それが伝わる、久保田さんの悔しい表情だった。


 はせくんは仕上がったデニムを確認し、そのまま支払いへ。


 社員割引のレジは久保田さんたち社員しか出来ない。

 

 わたしは周囲の様子を確認するために、畳みの商品がないか目を向けながら、フロアを一周回った。


 起こった事実が、現実として受け止められない気持ちが、ある。


 それぐらい衝撃が強くて、試着室に籠ってる望月くんを、見に行く勇気も、持てない。


 レジに戻ると、はせくんと久保田さんが、フロアに目を向けながら、真剣な話をしていた。

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