第40話

そっと、はせくんが、わたしから距離を置く。


「あとで持ってくから、里帆は先に戻ってて」


「…うん」

 

 はせくんの落ち着いた声が、耳に届く。

 

 顔をあげて表情を確認することは、出来なかった。


 (今は顔を見ないで)って、はせくんが言ってるような…。


 はせくんの優しさに甘えて(俺を確認しないで、早く行きな)と聞こえたような…。


 そんな気持ちで、わたしは試着室の外に出た。


 彼女さんがいるだろう試着室のそばに、望月くんの容姿が視界に映る。

 

 確認する勇気なんて持てず、すぐ近くの出口から、お店の方に戻った。


 レジの方に向かうと、心配そうな表情でわたしを見つけた久保田さんの顏が目に入る。


 わたしの方にすぐ来てくれて、そっと声をかけてくれた。


「…大丈夫だった?」


「…はい、大丈夫です」


 顔を見つめた久保田さんは、安堵したように息を吐いた。


「叩かれてなくて…よかった…」


 聞こえてくる小さな声は、物騒な色を含んでいる。


「っ…、久保田さん、菜子さん、叩かれたこと、あるんですか?」


「…ないよ、菜子はね」


 痛々しい笑顔を向ける久保田さんの様子に、守れなかったバイトの子が、いたのかもしれない。


(はせくんが咄嗟に隠してくれたのは、望月くんに傷つくわたしを守るためだけでなく、彼女さんの目から隠すためも、あったのかな…。)


 深読みする思考に陥ってると、頭を軽く小突かれる感覚が入った。


「なに難しい顔してんだよ」


 後ろに立つ人の影で、目の前の視界が若干暗くなる。

 

 軽く後ろを振り向くと、至近距離で立つはせくんの姿があった。


「…はせくんの考えごと」


「だったらもっと、女の子らしい可愛い顔しろよ。さっきの顏は、俺が可哀そうになるわ」


 話しながら、器用に畳んだデニムを久保田さんに渡す。

 

「翔さん、裾上げお願いします」


「了解。このまま裾上げ入るから、三上さんと一緒にいてあげて」


「はい」


 久保田さんはミシンのある場所に移動した。


 レジ付近に残されたわたしとはせくんには、少し、緊張の糸が張っている。


 もうじき、望月くんと彼女さんが試着室から出てくるだろう。


 2人の姿を避けるわけには、いかない。


 菜子さんが休憩に入っている今、店舗にわたしがいないわけにはいかないし、はせくんがいてくれるから、危ないことには、ならない、と思う。


 望月くんの彼女さんが怖いと思うのは、会ったことも話したこともないのに、先入観を持ってしまっているから。


 実際に会ってみたら、そんなに怖くないかもしれない。


 失恋したような気持ちをまた味わうのは、仕方ないことだし、望月くんを好きになったじぶんが悪いし。

 

 言い聞かせながら、どくどくと脈打つ気持ちを落ち着けようとしていたら…。




 お店に似合わない、破裂音が、響いた。

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