第39話

望月くんの声がしたと思って、聞こえた方を向いたら、本当に望月くんがいた。


 休みだと思って、いるはずがないと思った幻影は、本物だったんだ…。


 はせくんの頬を抑えていた手が、無意識に離れて落ちていく…のを、はせくんが両手で掴む。


 わたしは、その手を咄嗟に拒むことができない。


 目の前にある光景に思考が奪われて、…息も、上手に出来てる自信がなかった。


 望月くんのすぐ後ろに見える女性は、とてもとても可愛い、望月くんに釣り合う…「彼女」さん。


 望月くんに自然と手を伸ばし、違和感なく寄り添う、誰が見ても「彼女」だとわかる2人の雰囲気。


 まさか、じぶんが彼女を目の前にするなんて、思ったことがなかった。

 

 だって、実際に目の前にして、平気でいられる自信なんて、なかったから。


 凍り付いたように感じる雰囲気を、一瞬で変えたのは、はせくんの行動だった。


 掴んでいた手を離し、わたしを抱きよせるように、試着室の中に引っ張り込む。

 

 視界に映る望月くんの表情は、はっきり見る勇気がなかったけど、あまり、…いい顔はしてなかったと、思う。


「はせ…!!!」


「彼女の、試着だろ。しっかり見てやれよ」


 頭の上の方から、はせくんの怒った声が、はっきり聞こえる。


 勢いよく引っ張られた体は、はせくんの硬い胸板あたりに密着し、腕の中に閉じ込められている、感覚だった。


 はせくんが、怒ってる。


 声は冷静だけど、怒っているのが、雰囲気からひしひし伝わった。


「っ…、こっちの試着室を使って。使い方、わかる?フェイスカバーがここにあって…」


 そんな大きな声じゃないけど、望月くんが丁寧に説明している様子、彼女に優しく接しているのが、感じとれる。


 カーテンを閉める音が、わたしとはせくんのいる試着室から、だいぶ距離をとったのが分かる場所から、聞こえた。


 望月くんの足音が聞こえて、私たちのいる試着室のまで止まる。


 彼女さんのところまで聞こえないぐらいの小さな声で、はっきりと、望月くんが言葉を発した。


「はせ、早く、出てこい」


 いつもの望月くんの、声じゃない。


 こんなに低くて怖い、怒った声は、聴いたことがない。


 望月くんが怒ってる、本気で怒ってる…。


 理由がわからず、ただただ望月くんが怒っていることが怖いわたしと正反対に、はせくんは、さっきと違う、冷静に戻っているように、見えた。


(…いつもの、はせくんだ…、)


 ほっとした。


 冷静で、落ち着いた雰囲気に戻ったはせくんに、安堵した、大丈夫って。


 はせくんがなんとかしてくれる、大丈夫って、心の底から安心できた。


「まだ着替えてないんだよ。中途半端なまま出れないだろ?」


「……」


「里帆の前で、脱げってこと?」


「…はせ」


「里帆だけ先に出すから。洸はちょっと離れて、頭冷やしてこい」


「…っ」


 望月くんは、なにも言わず、そこを離れる音だけが、聞こえる。

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