第37話
「あと1か月、こんな感じだったら、俺も、もう大人しくできないかもよ」
はせくんの声に、はっと顔を上げると、さっきと同じように悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
私が暗い顔をしていたから、励まそうとして言った言葉だと信じたい…けど、今回の言葉は本気の圧がかかっていた気がする。
「頑張る。今月中に、ちゃんと向き合うから」
好きな人を困らせるために恋愛しているわけじゃないけど、彼女がいる望月くんからしたら、私が好意を寄せるのは、困らせることに繋がってる。
はっきりと、望月くんに好意を伝えたわけじゃないから、私への接し方に困るだろうし、私も、引き下がれるほど軽い気持ちじゃ、もうないから。
ちゃんと伝えて、ちゃんと届くように行動して、困らせるなら、正々堂々と正当な困らせ方をしたい!
「よし!バイトもがんばるぞ!」
はせくんの退勤後に裾上げの工程までやることを久保田さんに伝えて、それまでは各自、今日の任された仕事に徹することに。
今日のメンバーは、はせくんと菜子さんが入れ替わりになる形で、最後まで残るのは久保田さん、私、菜子さんの三人だった。
入りたての頃より、接客が上手になったし、売り上げに繋がるようになってきた。
お客様の出入りを確認しながら、笑顔で洋服を畳めるようになったし、品出しも前より素早くきれいに出来るようになったと思う。
戦力になれてきた、と肌で感じるようになってきて、バイトの楽しさがさらに増してくる。
このバイト先でよかった、本当に先輩たちにも恵まれている、私は幸せ者だなって、噛みしめた日だったのに…。
嵐はいつも、予期せぬところからやってくる。
「里帆、裾上げやって」
退勤したはせくんが、わたしのところにやってきた。
「翔さんに許可とったから」
「うん、ありがとう!」
はせくんは、本当に頼りになる。
先を歩くはせくんの後に続いて、メンズのデニムがずらっと並ぶ棚の前に立った。
はせくんがデニムのブランド毎にある、特徴や魅力、好まれる年代を、手に取り広げながら、教えてくれる。
はせくんの売り上げが安定してるのは、デニムの知識や流行に敏感だったり、お店にあるブランドを上手に組み合わせたトータル技術とか…。
勉強熱心で、頼りになるところ、だと思う。
教えてくれることをメモに取りながら、はせくんの外見だけじゃない、中身のかっこよさを強く感じた。
「ほしいのはもう決まってるから、…何着かもって、試着室行ってくる。今はちょうど人がいないし、着替え終わったら大きめの声で呼ぶわ」
「小さい声でも聞こえる距離に、ちゃんといるから」
はせくんのふざけた様子に、わたしも笑って返した。
はせくんの試着が終わるまで、試着室近くの畳をしていようかなー…と目線をあげたとき、視界の遠くで、望月くんが映った気がした。
望月くんはお休みで、お店にいるわけない。
寂しさが幻覚でも見せたのかな…って、そのときは、気にしないようにした。
まさか、本当にいるなんて、思わなかったから。
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