第25話
こぼれそうになる涙を服の袖で隠しながら歩くと、急に視界が覆われた。
はせくんの腕の中で、湧き上がる涙は止めることができず、あふれ出す。
はせくんが人の邪魔にならないように、私を抱きしめたまま視覚になる場所に移動してくれた。
はせくんの大きな身長で私はすっぽり隠れる。
人目を気にせず泣くことが出来たのは、はせくんの優しさがあったから、気遣いがあったから。
「あ…あ、ありがと…」
「…うん」
いつも以上に優しいはせくんの返事が、思ったより近い場所から聞こえた。
落ち着くまで泣かせてくれたはせくんに、「もう大丈夫」と声をかけて、隠してくれた腕を離してもらう。
「菜子さんと翔さんのところに先に戻ろう。メイク直し持ってる?」
「うん、ある」
「俺の後ろ歩いてたら見られないから、荷物とったら直しておいで。先に翔さんたちと下に行ってるから」
「うん、…ありがとう」
お礼の返事の代わりに、はせくんは私の手を握って歩き出した。
私ははせくんが優しく引いてくれる手に続いて、ゆっくりと背後を歩く。
はせくんの体温は私の予想と違って、温かかった。
「もしかしたら、洸の電話の方が先に終わってるかもな」
「…うん」
この状態で会うかもしれない。
もし、先に電話を終えているなら、合流する前に、バイバイしたい。
会いたいと思う気持ちと、会いたくないと思う気持ちの葛藤が収まらない。
この感情に決着がつくと思えない。
はせくんが握る手は、簡単にほどけそうなぐらい優しく淡く、私が望まない限り、話すことはしないよ、と言ってくれているような…、余計に、心の中の感情が荒れるのが分かった。
こんな優しくされて、大事にされて、私の我儘な感情は拍車をかけたように暴れる。
はせくんなら、私が我儘を言っても、汚い感情を見せても、受け止めてくれるんじゃないかって錯覚が生まれては、この汚い感情は望月くんが生み出したものだと実感する、ジレンマ。
望月くん…、望月くん…、苦しいよ。
「おせーよ…」
戻った私たちを見つけて声をかけた久保田さんの語尾が、状況を察したように感じた。
「はせ、三上さんの荷物これ。俺ら、先に下に向かうわ。洸はまだ戻ってないから、俺らが荷物もっていくね。洸にはLINE入れておいたから」
「…長引いてますね」
「だいぶ、…あれなんだろう、な」
視界が遮られた向こう側で、はせくんと久保田さんの会話が聞こえた。
久保田さんと菜子さんは私の様子を確認することをせず、そのままその場を離れる。
久保田さんと菜子さんの気配が遠のくときに、「里帆ちゃん、待ってるね」と菜子さんの優しい声が届いた気がした。
久保田さんから荷物を預ったはせくんが振り返り、わたしに鞄を渡す。
「…また泣いた?」
私の顔を軽く確認したはせくんが、心配そうに確認する。
「…ううん、泣いてないよ、大丈夫」
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