第4話

「おはようございます」


望月くんと一緒に、フロアに出ている菜子さん、久保田さん、店長に出勤した挨拶をした後、レジに戻って連絡ノートに目を通した。


出勤してない間にあった出来事、共有する情報に目を通したら、望月くんと一緒に「見ました」と証明する自分の名前スタンプを押していく。


小さなことだけど、一緒にノートを覗き込んで、望月くんの隣に自分のスタンプを押すのは、嬉しい。


「支度終わったら、このダンボールお願いしていい?」


届いたばかりの段ボールの中身を確認して仕分けする久保田さんから声がかかる。


「はーい」


返事をして、受けとった段ボールを望月くんと開封。


ビニールから取り出した洋服を、望月くんがぱぱっと1つ、見本として畳んでくれた。


わたしも望月くんが畳んでくれた見本に合わせて、1つ1つ丁寧に畳んでいく。


慣れている望月くんのように幅を揃えて畳むことは難しくて、接客をする余裕がなかなか作れない。


集中するわたしの代わりに、望月くんが近くに来たお客様に率先して接客してくれた。


「三上さん、手伝うよ」


少し離れた場所で接客している望月くんをほんの少し眺めていると、段ボールの仕分け作業が落ち着いた久保田さんが来てくれた。


「ありがとうございます…」


(望月くんを眺めていたの、バレたかな?)


仕事中なのに…と思う罪悪感から、声の語尾が小さくなる。


久保田さんは気にする様子はなく、望月くんが途中まで進めてくれた箇所を引き継いだ。


「畳んでも畳んでも…って感じでしょ」


「本当に、すごい量です…」


「それだけ動きがあるってことで、お店的には嬉しいけど。慣れるまで、早く畳まなきゃって焦らなくて大丈夫だから。丁寧に畳むこと、顔が真剣になりすぎて怖くならないように、顔をあげて笑顔でいること。この2つを大事にしてみて」


久保田さんは、声や話し方に優しさがにじみ出る社員さん。


話しやすくて頼りやすくて、真似しやすい王道を守ってくれる、ファッション初心者さんの味方!って感じの。


はせくんと望月くんが一番に久保田さんを頼っていることも、働いてすぐに伝わった。


「はい…!頑張ります…!」


「顔が真剣過ぎるよ」


わたしの顔が真剣過ぎたのか、久保田さんが噴出した。


「三上さんって真面目だよね」


「全然です。はせくんや望月くんに比べたら…」


「あいつら真面目に見える?」


ちょっと砕けた久保田さんの声に、「へ?」と気の抜けた声が出た。


「三上さんには、はせも洸も真面目に見えるのかー」


久保田さんは私の間抜けな返事を気にせず、楽しそうに声を上げ続ける。


「全然真面目じゃないよ。そのうち、あいつらの本性が見えてくるから。ああやって真面目に誠実ぶってるだけで…」


「翔さん」


「うわ!」


ぽんっと久保田さんの肩に手を置いたのは、いつのまにか背後まで来ていた望月くん。


いつものように素敵な笑顔を浮かべているはずなのに、若干、黒いものが見える気がする。


気のせいかな…?


「俺の悪口ですか?」


笑顔のまま話し続ける望月くんの声のトーンも、少しだけ、いつもと違うように感じた。


「悪口を言ってたわけじゃないけど…、洸、三上さんには真面目風を装ってるの?」


「なにいってんですか。俺はいつでも真面目ですよ」


「顏、顏。顏こわいよ?」


「俺の代わりありがとうございます。人の入りが落ち着いたんで、俺と三上さんで品出し頑張りますね。翔さんは、接客頑張ってください」


望月くんの最後の言葉は、「売上作ってきてください」という圧が見えた。


久保田さんがお話しながらも手際よく畳んでくれたので、意外と進んでる。


さすが社員さん。


「進んでるみたいだから、もう2箱もってきたよー!」


さっといなくなったと思った久保田さんが段ボール抱えて返ってきて、望月くんに睨まれたのはまた別の話。


「久保田さんと望月くんも、仲いいね。さっき、ボーリングに一緒にいった話もしてたもんね」


畳を再開する。


顏が真剣になりすぎないように、望月くんに話しかけて、心の余裕をつくってみた。


「仲は…いいね。三上さんは俺とはせを真面目って言ってくれるけど、実際はそうじゃないし。裏の顏じゃないけど、素を知っている先輩って感じかな」


「望月くん、実はちょいわるなの?」


「ちょいわる…ではないかな」


私の言葉のチョイスが変だったかな?


望月くんはしばらくの間、笑いをこらえて苦しそう。


「サボるときはサボるし、どうやって楽しようかなー…とか、ずるいことは考えるよ」


「そうなんだ…」


「大学とバイトの並行だし、立ち仕事で体力的にきついと感じることもあるし。バイトだけど売り上げのことは一応、気にするし。期待されてるのは俺もはせもわかってるから…」


「…そうだよね」


「だから、たまにサボったり悪いことしたりと。久保田さんが黙認して許してくれるから、結構自由にやってんの」


「え!そうなの!?」


「意外だった?」


「う、うん…」


今の話し方も、望月くんらしくないというか…、うん。


もしかしたら、今までの望月くんは「外面」の望月くん。


これが「素」の望月くんなのかも、しれない。


望月くんが「素の面」を見せてくれてるなら、わたしははせくんと久保田さんがいる側の人間に、なってもいいよ、と許可が下りたってことなのかな。


「これが終わったら、一緒に休憩はいろっか」


「うん…、終わらせないとね…」


畳むのが早い望月くんと違って、わたしは戦力外間違いなし。


足手まといになるのは避けられないけど、久保田さんが教えてくれた二か条を守って、片づける…!


「里帆―、これ畳み直しー」


せっかく気合を入れて頑張っていたのに、畳んだ山から数枚引っ張り出したはせくんが、ちょっかいをかけてくる。


大先輩のはせくんがやり直しっていうことは、私の畳が悪いんだけども、悪いんだけども…!


好きな人の前で、畳が汚かったTシャツ数枚を目の前にぶら下げられるのは、辛い…!


「はい、…わかりました…」


悲しい気持ちを抑えて、はせくんの手からTシャツを受けとる。


「洸の教え方が悪いから、里帆の覚えが悪いんじゃねーの?」


ぐさっと来る一言が飛んできた。


「も、望月くんの教え方は悪くないよ!」


私の覚えも、そんなにいうほど悪くないよ!と言いたかったけど、言えない。


そこまで言い切る自信はなかった。


「何しに来たんだよ。三上さん苛めて…」


「時間かかってるみたいだから、手伝いに来た。今日は里帆に俺の裾上げやってほしいんだけど」


「え、はせくんの裾上げ?」


「仕事用にジーンズ買おうと思って。里帆、裾上げのやり方、まだ知らないだろ?練習がてらやらせようかなって」


「俺が一応、教育係なんだけど…」


「翔さんには許可とってあるよ」


「……」


はせくんの言葉に、望月くんが押し黙る。


望月くんの様子が気になって視線を向けると、真剣な顔ではせくんを見た。


「俺が教育係だから。俺のやり方と俺の方法で教えるから。ここも俺と三上さんでやるから、はせは自分の任されたエリアの接客に行け」


いつもと違う望月くん。


わたしは一瞬ひやっと、びっくりしたけど、言われたはせくんは動じず、いつも通りの返しを望月くんにした。


「じゃあ、裾上げは今後に頼むよ。ここも洸なら楽勝の量だろ?」


「当然」


「休憩も里帆と行くんだろ?休憩行ったら、LINEの交換とグループ登録やっといて」


「え?LINE?」


はせくんの突然のLINE宣言にびっくり。


はせくんは「は?」と私の反応にびっくり。


「ボーリング行くのに、LINEの交換は必要だろ?」


「え!あ…そっか…」


「洸、ちゃんとやれよー」


「お前と一緒にすんな」


望月くんの怒りスイッチ?をしっかり刺激したのか、はせくんへの対応はきついまま。


はせくんは本当に気にする様子なく、担当するエリア(があるのかどうかわからないけど)に行って、接客に入った。


「はせくんと望月くんって…、仲良しなんだよね?」


「仲は良いよ。ときどき、あいつが余計なことを言わなければ」


(今日は、わたしの知らない望月くんをたくさん見た気がする。)

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