傷つく覚悟を決めて⑦/だから俺にしろって、言ったじゃん。

第35話

「ばーかばーか。また泣かされて。里帆は、ほんっとばかだよなー」


 はせくんが、容赦なく、傷口をぐりぐりするようなことを言ってくる。


 わたしとはせくんより先に入っていた望月くんは、店長、菜子さんと一緒に上がり、ラストまで残るのはわたしとはせくん、久保田さん。


 店長がちょうど不在のときに、あんなことがあって、よかった…。

 

 店長の茉以さんは、クールで厳しい人だけど、細部まで心配してくれる優しい人。


 仕事以外のことで負担をかけたくなかった。


 今は終わりの時間が近づいて、整頓が必要な棚の洋服たちを、綺麗に畳んでいく作業をしている。


 一通り、じぶんの担当エリアの整理が終わったはせくんが、わたしにちょっかいをかけながら、手伝いに来てくれたんだけど…。


 ひどい言葉を発しながらも、手際よく綺麗に畳んでいく。


「ひどい…」


 言い返せる言葉が、これしか、浮かばなかった。


 わたしのHPは、ゼロ。


「…ばーか」


 とどめを刺すことを、やめてはくれないみたい。


「…ばかだけど、自業自得の、ばかだもん」


 菜子さんのおかげで、泣くだけ泣くことができたら、頭の中の整理ができた。


 わたしが好きになった望月くんは、上辺だけの望月くん。


 わたしは、望月くんの内側まで、踏み込むことが許可されなかった。


 望月くんにとって、彼女は特別で、わたしが踏む込む余地は、最初からなくて…。


 言葉が悪いけど、「魔が差した」だけ。


 はせくんの興味をもったわたしに、望月くんも興味をもって、近づいてみたら…。


 彼女の前では見せなくなった「じぶんの姿」に、尊敬を好意を向ける姿が、新鮮で気持ちよかったのかも、しれない。

 

 望月くんが言ってくれたわたしへの好意は、全部が嘘だったとは、思わない。


 わたしが傷つけたときの望月くんは、わたしと恋愛をしようとしてくれた姿だったから。

 

 だけど、望月くんは、わたしに、内側のじぶんを見せる覚悟を持てなかった。


 わたしが好きになった望月くんを、怖くことが出来なかった。


 そこまで、わたしたちは、恋愛する覚悟を、持つことが、出来なかったから…。


 黙り込むわたしの様子に、苦虫を潰したような顔で、はせくんが聞いてくる。


「…洸と、また、向き合うの?」


 最初は、声と表情の様子から、怒っているのかな?って思ったけど、違うってわかった。

 

 心配しているんだ、…わたしが、また、傷つかないように。


 わたしがこれ以上、傷ついて、泣くことがないように。


「ううん、向き合わないよ。…じぶんの中で、答えが出たから、それでいいと思ってる」


 答えは、出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る