第33話

自らの傷に、塩を塗る行為だった。


 菜子さんは、言葉を選ぶように、戸惑いながらも、本当のことを話してくれる。


「うん、長い…と思う。期間でいうと、1年経ったぐらいだけど…、長く付き合っているぐらい、お互いのことを分かっている感じ、かな」


 わたしもそれは、すごく感じた。


 前は、短い様子の2人だったけど…、あの場所でキスが出来るぐらい、2人は仲が良いと思う。


 今日の様子も、お互いのことを分かっている、大事にしている感じが、伝わるもので…、わたしが入り込む好きなんて、微塵もない。


「わたし1人、一喜一憂して、ばかみたいでした…」


 真剣にわたしと向き合って、心配してくれて、今も時間を使ってくれている菜子さんに、八つ当たりのような感情が出てくる。


 ”言ってくれてたら”


 ”もっと、ちゃんと話してくれたら”


 わがままな気持ちばかり、浮かんでくる。


 恥ずかしさと悔しさの、当てつけでしかない。


 彼女がいるって言ってくれなかったのは、望月くんで。


 菜子さんたちは、望月くんが隠していることを知らなくて。


 彼女と望月くんのことについて話さなかったのは、お互いのプライベートのあることだから、他人が情報を流すことができないって。


 ”大人側”の配慮だったのに…。


「ごめんなさい、菜子さん…、八つ当たりです…、じぶんが、恥ずかしくて…」


「うん、大丈夫、大丈夫だよ」


 菜子さんの優しい声が、背中をさする優しい手が、まだ残っていた涙を全部、出し切る手伝いをしてくれた。







「恋なんて、恥ずかしさがついて回るものだよー」


 泣いてすっきりしたわたしにティッシュを渡しながら、菜子さんがあっけらかんと話す。


「その恥ずかしさは、じぶんの未熟さとか、自惚れとかを含んだものだったり…。色々あるけど、全ては経験。成長過程で感じるものだと思う」


「わたしも、前向きに、受け取れるように、なりたいです…」


「時間が解決するよ」


「…はせくんも、そう言っていた気がします」


「終わったことは、もう、風化するまで待つしかない。そのときに感じたことだけ、忘れずに次に生かすことができれば、いいと思うから」


 笑った菜子さんは、その後、少しだけ、過去のことを話してくれた。


 久保田さんと菜子さんと、もう1人の社員さんとの、社内恋愛。


 菜子さんが感じた恥ずかしさも、今は乗り越えることができたよって、教えてくれた。


 …わたしも、乗り越えていきたい。


 じぶんの中で、答えを見つけることができるきっかけに、したいから。

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