第32話

荷物を持った望月くんと優香さんが、バックヤードから出てきて、繋いだ手を引いて望月くんが先を歩く。


 優香さんが引っ張られているように見えるけど、繋いだ手はしっかり離さないと主張しているように強く、転ばないように近い距離で見守っているのが分かる、望月くんの優しさ。


 初めて見たときと違う、望月くんと優香さんが揃っている姿。

 

 近くに踏みこんでみたら、見える景色や感情が、変わってくる。


 わたしが見ていたのは、まだ、うわべだけのものだった。


「勝ち目、…なかったです。最初から…」


 勝てるなんて、全く思ってなかったし、望月くんに彼女がいるって知ったときから、終わりに向かっていた恋だったけど…。


 好きって気持ちに振り回されて、望月くんの「もしかして…」に傷ついて、悩んで、時間を置いて考えて、今日、また違う「感情」を目の当たりにして。


 じぶんの知らない「私」に気づいて、わたしの知らない「感情」に気づいて、苦しくなって、涙が溢れてた。


「あーー…うん、辛いね」


 フロアで泣きだしたわたしを隠すように、久保田さんが目の前に立ってくれる。


 両手で顔を隠して、泣いている顔を見られないようにするしか、なかった。


 とめどなく溢れる涙。

 

 声が出ないだけ、マシだった。



 店内の様子を見ながら、菜子さんがわたしのところに来てくれる。


「大丈夫?すぐに来れなくてごめんね…」


 久保田さんとバトンタッチするように、菜子さんがわたしの前に立って、視界を包んでくれた。


「バックヤード行こ?まだ、望月くんたち戻ってこないから、今のうちに」


 声を出す余裕がなくて、こくっと頷いて返事をするしかできない。


 菜子さんが肩を抱いて、わたしを隠してくれるようにバックヤードへ歩いていく。


 情けない…、こんな姿、はせくんに見られたくない…。


 心の底から、情けなくて、悔しかった。


 職場で泣いてしまったこと、望月くんの彼女に動揺したこと、負けたと思って気づいたこと。

 

 自惚れていたじぶん、子どもだったじぶん、浅はかだったじぶん。


 どれも、どれも、悔しくて、たまらなかった…。


 バックヤードの前まで着くと、菜子さんが扉を開けて、わたしを中に通してくれる。


 真ん中の休憩スペースのところまで進むと、菜子さんが椅子を引いて座らせた。


 椅子をもってきた菜子さんは、わたしと膝を突き合わすように座って、優しく手を握る。


 温かい体温が伝わってきて、少しずつ、涙が止まっていく。


 安心が、体に広がっていった。


 ゆっくり顔を上げると、心配そうに見つめる菜子さんの表情が飛び込む。


「し、んぱいかけて、ごめんなさい…」


 頭を下げた。


「ううん、里帆ちゃんは、大丈夫?」


「…はい」


「びっっっくりしたね。わたしも、知らないうちにするーっと里帆ちゃんのところに、優香ちゃんがいたから…」


 菜子さんが名前で呼ぶ様子を見ると、面識が元々あったのかも。


 わたしの前では、そういうところこを見せないでくれたから…。


「望月くん、彼女さんと、…長いんですか?」

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