第28話

目の前に、脳が覚えたはせくんの香りが、流れてくる。


「彼女もちと、そんな長話する意味ねーだろ」


 言葉はひどいのに、声や顔は優しくて。


 はせくんの言葉に、思わず笑みがこぼれてしまった。


 望月くんに聞こえない大きさで、悪態をつくところも、はせくんの優しさだよね。


 はせくんに腕を引かれながらバックヤードに入ると、ひやっとした温度差を肌に感じた。


 はせくんは優しくわたしの腕を離して、じぶんのロッカースペースへと歩いていく。


 わたしは先に、真ん中の広いテーブルに鞄を置いて、必要なものを取り出した。


 ロッカーの中を整理したはせくんが「着替えるから、こっち向くなよ」と声をかけ、奥の方に入っていく。


 奥の方は、ハンガーラックや、什器など、大きいものが置かれている。


 広いバックヤードなので、わたしたちが普段から使う場所は、電気が通って明るいけど、奥の方は使うときしか、電気をつけない。

 

 着替えるにはちょうどいい場所で、わたしが反応に困らないよう、距離をとってくれたと思う。


 望月くんが彼女さんとキスしてる現場を見るまでは、クールで言葉がはっきりしていて、イケメンで、近寄ると緊張するって気持ちが強かったけど、今ははせくんの優しさが、目で耳で、感じるようになってきた。


 ちょっと前まで感じていた望月くんへの気持ち、はせくんの気持ちに、変化を感じてる。


 今は、望月くんに対して、そんなに嫌悪感はない。


 恋愛にピリピリしすぎただけかもしれないな―…って、思うかも。


 そんな風に回想していたら、着替えが終わったはせくんが、わたしを覗き込むように顔を近づけた。


「洸のこと、考えてた?」


「…っ!」


「時間置いたら、気持ち、復活した?」


「…そうじゃ、ないけど…」


 (近い!!!!)


 頭からボン!と噴火しそうなぐらい、至近距離のはせくんが、きつい!!


 望月くんのことを考えていた視界なんて、一瞬で吹き飛んだぐらい、はせくんの至近距離は威力が強かった。


「里帆って、すぐ顔に出るよな」


「ど、どっちの?」


「どっちとかあんの?洸のことだろ?」


「……」


 はせくんは、じぶんからぐいぐい行くくせに、じぶんに向けられる気持ちには鈍感なのかな…。


 今のわたしが、はせくんの行動で顔を赤くしているなんて、まったく思ってない。


 ”望月くんのことを考えていた”と言い当てられたことに”顔を赤くした”と思ったはせくんは、「まじうぜー」と、望月くんに八つ当たりを飛ばしてる。


「洸と会ったのも、久しぶり?」


「え?うん、…全員、シフト被ってなかったね」


「バイト以外で会うことも、なかったんだ?」


「うん」


「ふーん…」


 言葉では、興味がない感じを出してるのに、はせくんの顔がほっと緩んで、笑顔になる。


「……連絡も、なかったよ?」


「…別に、気にしてないし」


 わたしの援護射撃には、素直じゃない反応。

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