第22話

ぎゅうぅーーー…


 望月くんの香水が顔に広がる。


 抱きしめる腕を強める望月くんは、わたしの知らない望月くん。


 知っている望月くんは、ひとかけらも残っていなかった。


「も、望月くん…!」


 心臓がバクバクと、揺れているのが分かる。


 何も話してくれない望月くんが、怖い。


「望月くん…!!!」

 

 涙がにじむ視界で、望月くんに訴えかけると、小さな声が耳に届いた。


「過去形なの…?」


「え、…望月、くん?」


「過去形にされんの?三上さんが俺を好きだった気持ちって、勝手に過去形にされるもの?」


「…過去形にするしか、ないよ。望月くん、彼女いるでしょ?」


 反応を示した望月くんにほっとして、わたしは胸板を押して、腕の中から逃れようとする。


 腕の中にいると、望月くんも着やせタイプで、はせくんほどじゃないけど、筋肉がしっかりついているのが、伝わった。

 

 だから余計に、恥ずかしくて、異性を意識してしまうじぶんが恥ずかしくて。


 彼女さんしか知らない望月くんの1部に、触れてしまった気持ちになって。


 離れたくて、距離をとりたくて、一生懸命押すのに、びくともしない。


(はせくんだったら、こんな力づくにはしない…っ)


 わたしが怖がらないように、離れられるように、隙を作ってくれる。

 

 逃げ道を残してくれる。


 はせくんだったら…!!!


「っ……」


 はっとした。


 じぶんが、気づいていない気持ちに、今、この瞬間、望月くんの腕の中で、自覚するなんて…。


「ごめんなさい、…過去形、です。望月くんを好きな気持ちは、過去形です」


「俺に彼女がいるから?」


「…それも、あるけど…」


「彼女と別れたら、俺のこと、また好きになる可能性は?」


「っ…それはないよ!」


「なんで?彼女いること知って、俺のこと、好きじゃなくなったんでしょ?」


 交渉に応じていると思ったのか、腕の力を緩めてくれた望月くんを、思い切り突き飛ばした。


 精一杯の力で押しのけたから、望月くんが後ろに転ぶと思って心配だったのに、望月くんは、少しだけわたしと距離を空けるぐらいで。


 わたしの力では、望月くんを押しのけることが、限界。


「違うよ…、違うよ!!!」


 違う涙が出てきた。

 

 失恋の涙さえ出なかった。


 これが失恋の涙だったら、良かったのに。


 苦しい、苦しい、苦しい…。


 こんな想いを目の前にするために、望月くんと向きあうことを、決めたんじゃない。


「幻滅、させないで…!!お願い…っ」


 わたしの言葉とわたしの目を受けとった望月くんは、なにも言わず、冷たい顔をしたまま。


 それを捨てたのか、持ったままなのか分からないまま、私とは違う駅の改札口に向かって進んで行った。

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