第12話

ーーーーーぱしっ。


 無意識にはせくんを見つめていたわたしを、現実に引き戻す音が響いた。

 

 小さいけど、はっきりと響く音。 


 はっとして顔をあげると、近くまで来ていた望月くんの険しい顔が目に映る。


 望月くんの手は、そのままわたしたちのそばまで伸びていて、わたしの髪を触っていたはせくんの腕を掴んでいた。

 

 (はせくんの腕を掴んだ音、だった…?)


 動作の割に、大きな音に感じた。


 はせくんが声にも顔にも出さないから、真意はわからないけど、今も掴む望月くんの手は、力が込められているように、見える。


 知らないうちに、わたしの髪から離されたはせくんの指。


 わたしが痛くないように、するりと手を離してくれたのかも、しれない。

 

 なにも言わない、教えてくれないはせくんの、してくれる優しさを、すんなりわかるようになっていた。


「…なに?」


 聞いたことがないぐらい、冷たくて、怖いと感じる声だった。


 (はせくんが、怒ってる…。)


 望月くんは、はせくんの腕を掴んだまま。


 視線を上に向けると、強い目ではせくんを見下ろす望月くんがいて…。


「こっちのセリフなんだけど。はせ、なにやってんの?」


 望月くんの声も、聞いたことがない冷たさを含んでいる。


「…なあ、まじでやめろよ。セクハラだろ、これ」


「!!ちが…!」


 否定する言葉を言い終える前に、はせくんの声がかぶさった。


「セクハラじゃねーよ。お前と一緒にすんな」


「っ!」


 望月くんの顔が歪む。


 わたしは、はせくんが(セクハラ)なんて言われたことが、衝撃で…。


 今までしてくれたことがたくさんある、優しい人を、よくない表現で、行動を決めつけられたことが、ショックで…。


(違う…違うのに…)


 最後まで言わせてもらえなかったこと、望月くんからそんな言葉を言われたこと、両方に、傷ついた。


「洸、お前にいわれる筋合いは、ない」


 意志を曲げない強い瞳が、望月くんに返される。


 望月くんの表情に、歪みが生じた。


 苦しそうで、だけど、反論できない、心当たりがある様子。

 

「いい加減、この手も放せ」


 はせくんの言葉に素直に従って、掴んでいた手を離す。


 はせくんの腕は、暗いバックヤードの中でもわかるぐらい、赤く、握られた跡がついていた。


(そんなに強く、握られてたの…?)


 はせくん、顔にも口にも出さないけど、相当、痛かったと思う。


 そこに触れることはせず、望月くんと向き直ったはせくんは、まっすぐ言葉を紡いだ。


「お前にキレる資格はないし、俺に、そういう言葉を向ける資格もないよ」


「……」


「俺は覚悟決めたの。洸は、そのままでいるんだろ?」


「っ……ごめん、頭、冷やす」


 はせくんの顔を見ず、望月くんは逃げるように、バックヤードの扉を開けて出て行った。

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