第6話

最初は望月くんの陰に隠れて見えなかった、可愛い女性が、姿を現す。


 並んで隣を歩く姿は、とても絵になった。


 雰囲気からすぐにわかる。


 (望月くんの彼女だ…)


 いたんだ、彼女…。


 いることすら、知らなかった。

 

 わたしは、知っている”つもり”で、望月くんの近い存在にすら、なれていなくて。


 勝手に、勝手に、望月くんのテリトリーに入れていると、特別な部類に入れていると、仲のいい友達の一人になっている気がして…。


 自惚れていた。


 それを強く実感したから、足が動こうとしない。


 手に持ったペンケースが空しく、わたしの温度を奪っていく気がする。


 意識が遠のくような感覚のあと、見たくない光景がとどめを刺すように繋がった。


 周囲に人がいないことを理解してだと思う。


 甘い雰囲気が、ここまで流れてきそうなぐらい、仲のいい2人。


 顔を近づけるのは、自然の流れだった。


 ーーーーひゅ…っ

 

 音を立てて息が止まりそうな瞬間、いきなり大きな何かがわたしの視界を塞いだ。


 とん…。


 後ろに引き寄せられて、ぶつかった頭部から、固い何かにあたったことは分かったけど…。


 それより先に、ふわっと香る匂いが、はせくんだって教えてくれる。


 わたしの目を塞ぐのは、優しくて大きい、はせくんの手。


 わたしを後ろに抱き留めてくれたのは、はせくんの硬い胸板。


 抱きしめるように、顔を埋めるはせくんから聞こえる声は、わたし以上に、苦しそう。


「ばかだろ…、なんで見ないようにしないの?」


「……っ」


 咄嗟だったから、体が動かなかったんだもん。


 ばせくんのおかげで、見ないで済んだ、望月くんのキスシーン。

 

 だけど、視界が塞がれる直前の2人が、頭に残って、悲しい涙を運んでくる。


「ばか里帆…」


「ば、ばかじゃ、ないもん…」


「ばかだよ。だから、俺にしとけっていったじゃん…」


 ぎゅーー…っと、わたしを抱きしめる腕が、強くなる。


 強くなるのに、苦しさを感じないのは、はせくんが、わたしを大切に扱ってくれるからだ。


 わたしは、わかっているつもりだった。

 

 全部、全部、なにも、見えていなかったのに。




 気持ちの切り替えなんて、簡単にできるはずもなく。


 急に色々と頭に入り込んだ情報で、完全にキャパオーバー。


 壊れた涙腺のわたしを、はせくんが引っ張りながら、お店まで連れ戻した。


 泣いてることがバレないように、はせくんの上着をわたしの頭にかぶせて。


 望月くんのことが好きで泣いてるのに、ずっと近くに感じるのは、はせくんの香り。


 もう全部、ぐちゃぐちゃだった。

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