第3話
初めて悟先輩を見たとき、正直、恋に堕ちた。
堕ちる手前だったと言いたいけど、がっつり堕ちた後。
本気のストライクゾーンだった。
悟先輩と朝と夜に、一緒にいる時間が増えて、先輩の恋愛事情も聴いたし、私の恋人のことも話した。
お互いに相手がいるのに、恋心を向けても仕方ない。
私みたいな平々凡々が、先輩みたいな超イケメンを捕まえられる確立だって、0%以下。
高望みはしないと決めているのに、…ふとしたときに、鏡越しで合う目でほほ笑んだり、教えているだけなのに、距離が近かったり、触れる手が大きくて男としての先輩を意識してしまったり。
ずるいの、思わせぶりが。
普段はしっかりしてて、兄貴肌で、面倒見が良くて、私だけじゃない、勇太先輩たちを厳しく優しく指導してくれるのに、勇太先輩の髪を染めるときに、希望と違う色に仕上げる悪戯をしたり。
疲れてうつろうつろな高坂さんの目が覚めるような悪戯をしたり、ムードメーカーな部分もあって、色んな顔を見せるから、一生懸命蓋をする恋心が、顔を出して辛いんだだよ?
このままずっと、悟先輩の背中を追いかけて、指導を受けて、一緒に居られると思ってた。
高望みなんてしなければ、ずっとこの楽しい空間が続くと思ってたのに…。
私の中に浸透していくマルボロの香り。
「なあ、ホテルいかね?」
先輩の突然の発言に、片づけていた手が止まる。
夏に入社してから、もうすぐ秋に入ろうとする頃だった。
そろそろ秋服用意しないなー…ぐらいの軽いノリで、先輩が放った一言がそれなりに衝撃的で。
「悟先輩、ガチで言ってます?」
「がち。多分、今しかチャンスないから」
「チャンスないって…どういうことですか?」
ちょっと笑いを込めた声で答えると、鏡越しに私を見ていた先輩が、本気の目で捕らえに来た。
今までの思わせぶりの可愛い感じとは違う、男の目。
「俺、香澄ちゃんのこと、女として結構、好きなんだよね」
「…ありがとうございます。私も、先輩が男として、好きですよ。超がつくほどのイケメンですし…」
「最後の想い出、というか、後悔残さず行こうかなって」
「どこに行くんですか?」
「彼女のところ。結婚するんだ、俺」
「え…、え、本気で言ってます?」
彼女の存在は知っていたけど、具体的な話まで出ていることは知らなかった。
「俺の彼女さ、お店の店長なの」
「え、店長って…」
「そう、既婚者子持ち、俺の一回り上の女性、で、俺が不倫相手ね」
衝撃過ぎるワードが先輩の口からすらすら飛び出して、片づけどころじゃない。
なんでこのタイミングでいうんだろうか、何も手につかなくなる。
「俺のために離婚するって頑張って、成立したから、俺も彼女の地元に行って、一緒になるんだよ。いきなり父親」
「…お店、やめることは…」
「みんな知ってる。俺の担当、他の子たちに割り振ってるから。香澄ちゃんにいうタイミングは、俺に任せてもらってた」
「他の人は…、悟先輩と店長の関係を…」
「知らない、言ってないし、今後も秘密にする」
「じゃあ、なんで私には…」
「やりたかったから、香澄ちゃんと。そのための、切り札になるかなって」
そういって笑う先輩は、今の流れの中で懐かしく感じる可愛い姿で、悪戯成功って感じ。
やっぱり、ムードメーカーだって思った。
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