第2話

高校生のときに、思い立って美容師になろうと思った。


 そこから親を説得し、美容専門学校に入学。


 学校に通う生活に慣れてきた夏手前、家の近くにある美容室の求人に応募した。


 面接をしてくれたのは、店長代理の高坂さん。


 店長は家庭の事情で実家に帰省中で、戻ってくるかはまだ未定。


 店長代理の高坂さん含む3人のスタイリストと、デビュー目前のアシスタント、美容学校を卒業したばかりのアシスタントの計5人。


 たまたま私がバイトで入る時期は、女性のスタッフがいないときだった。


 面接に行った当日に採用が決まり、気を抜いた瞬間、高坂さんからこんな質問が飛んでくる。


「…佐藤さんは、タバコの煙は平気?」


 19歳になる夏、私の記憶は「タバコの匂い」になった。





 朝の掃除をしている私と話をしていた悟先輩は、鏡の前で器用にセットをしながら、吹き出した。


「あいつ、そんなこと質問してたの?」


「緊張してたので、大丈夫です!しか言えなかったです」


「多分だけど、香澄ちゃんはタバコ吸うの?って聞きそうになったけど、年齢的に吸ってねーだろってことで、煙平気か聞いたんじゃね?」


「どっちにしろ、タバコの煙が大丈夫かどうかの確認は必須ってことですよね?」


「意外と多いよー…喫煙者のスタイリスト」


 すらっとした高身長、筋肉質だろうな…というのが服の上からでもわかるスタイルの良さに、自分がイケメンなことをわかっている、ふわっとパーマに茶髪のわんこ系男子の悟先輩。


 見た目と話す口調はふわっと優しいのに、時々出てくる口の悪さと、喫煙者という事実がギャップ過ぎた。


「面接してくれたのが、待合室だったので、全然気づきませんでした」


「タバコ吸えるのは休憩室か外だけだからね」


「先輩たち、ご飯の代わりにタバコ吸ってますよね」


「そうかもしれないね、うちの店舗のスタッフ、食よりタバコかも」


 不健全な生活をしているだろうに、みんなスタイルがいいし、肌も荒れていないし、美容師さんあるあるなのか、おしゃれで年齢不詳。


 恐ろしい職業を私は目指しているかと思ってしまう。


「さて、今日も営業終わりに練習するから、頑張りましょうね」


 セットを終えた悟先輩は長い足を使って椅子から立ち上がり、私の頭を撫でてから、休憩室へと向かった。


 土日の朝と夜、悟先輩は私の練習に付き合ってくれるため、早めの出勤と居残りをしてくれている。


 今日も早くからお店を開けてシャンプー練習に付き合ってくれたので、先輩の頭は営業前にぐちゃぐちゃに濡らされたんだけど…。


 きっと、営業が始まる頃には、いつものようにマルボロの匂いを髪にもまとっているだろう。


 タバコの匂いに違いはないと思っていたけど、先輩の吸うマルボロの匂いだけは、甘さを含んでいる気がした。


 独特なのか、私の好みの問題なのか。


 覚えてしまった先輩の香りは、カラー材を作っているとき、レジをしているとき、背後を確認できないときでも、匂いで「悟先輩だ」とわかってしまう。

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