【0】熟成鳳凰鶏の丸ごとハーブ焼き

2.救世の英雄

「ちっ! 生意気なガキ共だぜ」


 髭を蓄えた壮年ドワーフ――グラン・クルスは舌を鳴らし、不満を露わにした。


 その目線の先には、一人の少年と二人の少女。冒険者ギルドの修練場グラウンドに倒れ伏していた。


「……――」


 子ども達の衣服は土にまみれ、僅かに血が滲んでいる。


 なおも戦意を失っていないのか、少年の指先は得物を求めてピクピクと。

 傍らで少女たちは、小さな背中をゆっくりと上下させながら呼吸を整えている。


(俺様としたことが、やり過ぎちまったか……? いや、こうするしかなかったンだ)


 三人の子どもは、七歳だという。なるほど見た目はあどけない。

 しかし、歴戦の勇士グランですら、危うさを感じる程に強かった。


「いやはや素晴らしい。私の想像を遙かに超えていましたよ」


 すらりと背の高い男が、白手袋を嵌めた手を小さく叩きながらグランに近づいて来た。


「三人がかりとはいえ、年端もいかない子ども達が、『傑剣』のグランに一撃見舞おうとは……。さすがは我らの希望、勇者様ご一行といったところですな」

「はンっ! 気に入らねぇな。……なぁにが勇者だ、なぁにが希望だ。お前ら事務方は、魔王が居る北大陸の恐ろしさを知らねぇから、そんな事が言えるンだ」

「知っていますとも。十年前、ここ南大陸に迷い込んできた北大陸の小さな魔犬が、五万の兵を殲滅。なおも進撃を続け……――」

「教科書通り、満点だぜ! あーあー。ご立派、ご立派」


 ぶっきらぼうに手を叩くグランの事など、バビルスは気にも留めない。


「最終的な死者数は二十万と二。人類史上最大の悪夢」

「……」

「それを打ち払いし英雄こそ、グラン・クルス。貴方ではありませんか」

「同胞の、犠牲の果てだ。俺一人じゃあ、奴の鼻息一つで終わってたぜ」

「ご謙遜を。今でも南大陸にて最強。それはグラン氏だ。誰も疑いませんよ」

「北大陸にて最弱の、だがなァ」


 小さく肩をすくめ、グランは続ける。


「……ともかくだ。数字だけでも理解してンなら、こいつらさっさと家に送り返せ。『勇者』だなんだってガキを煽てて、悪魔がゴロゴロいるトコに送ろうってか? ふざけんのも大概にしやがれってンだ!!」


 グランは怒りのまま捲し立て、背負っていた木製の大剣を地面に突き刺した。


「おやおや、お忘れですか? 彼ら……『勇者』の育成を貴方に委ねる旨、勅命があったのですよ?」

「ドワーフを見殺しにしやがった奴の命令なんか知るか。断固拒否だ! ガキ共育てて死地に送れだと? 寝覚めが悪すぎるぜ!」

「ふむ……。彼らの弟子入りを認めるために出した条件。確か、模擬戦で貴方に一撃を入れる事でしたよね?」

「……何のことだぁ? 知らねぇな!」

「全く困った方だ……。念のため、誓約書を作っておいて良かったです――」


 懐から、巻物を取り出すバビルス。

 大げさにそれを広げ、互いのサインが入ったそれをグランの鼻先に突きつけた。


「戦闘において彼らは素晴らしい連携で、この条件は見事に達成いたしました。……まさか、忘れたとは言わせませんよ、グラン氏?」


 バビルスは、不敵な笑みを浮かべる。


「なっ!? やたら俺の弱点ばかりを突いてきやがると思ったが……バビルスてめぇ! さてはガキ共に入れ知恵しやがったな!」

「たとえ癖や弱点を知っていたとて、簡単に崩せる貴方ではないでしょう?」

「嵌めやがったな! 反則だ! 誓約は無効だ!」


 音が鳴るほどに歯を食いしばり、グランは地団駄を踏んだ。


「『舌なしドワーフ嘘百回』……生涯で百度嘘を吐いたドワーフは舌を抜かれる。ドワーフの法でしたか」

「……ぐ。やり方が汚ぇぞ、バビルス!」

「相手が相手ですからねぇ。ギルドの情報網によると、貴方がこの約束を反故にすれば、それが通算百度目の嘘となるはずです」

「はっ! 滅びた国の法律なんて知った事かよ」

「確かに、裁くものは誰もいません。……貴方の心以外には、ね」


 戯けるように左肩を上げるバビルスの右の片眼鏡が、光源も無いのにギラリと光って見えた。


「ちっ! わぁったよ! 約束は約束だ!」

「殊勝ですね。貴方にしては」

「だが、俺は手を差し伸べることはしねぇぞ!」

「私とて、無理強いするつもりはありません。彼らは私の息子と同い年ですからね。情はありますとも」

「そいつぁ結構。大人しく家に帰るよう、説得してやるんだな」

「善処します。確約はいたしかねますが」

「……ちっ」


 気のない返事に、グランは堪らず舌を鳴らした。


「ああ、そんなことよりバビルス。酒だ、酒! ファイトマネーの酒を寄越しやがれ! こないだ山で獲ったキジが、いい感じに仕上がってンのさ」

「ふぅ……。グラン氏、飲み過ぎは身体に毒ですよ」

「うっせぇ! 飲み食いくらい好きにさせろ! 借金まみれの人生に、希望なんてねぇんだ!」

「『勇者』を育てるほど、やりがいのある仕事はないと思うのですが?」

「そう思うンなら、てめぇがやれ!」

「私では、力不足でしょう?」

「……俺は、蛮勇に加担はしねぇ」

「仕方のない人ですねぇ……。報酬は、きちんと用意してありますよ。受け取ってください」

「わかりゃあいいンだよ、わかりゃあ!」


 いつの間にか、バビルスの隣に立つギルドの受付嬢。その手には酒瓶。

 グランは奪い取るように、それを剣ダコでゴツゴツの右手に収めた。


「おお! 『マグマグマ火酒』たァ、気が利くじゃねぇか!」


 鼻歌を歌いながら、修練場を後にするグラン。

 背後から、大きなため息が聞こえた。 

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