第5話 下校と逃走


「みえてるよね?」


 影から響くその声に縛られるように凝視してしまう。伸び上がる影。それはその特徴から易々と有名なお化けの名前を僕の中に結んでしまう。


「ねえ。居るの?」


 僕の視線に気づいた女の子が不安そうな視線を寄越す。彼女には見えないのだろうか。徐々に輪郭を手に入れつつあるあの影が。


「うん。いる」


「……ハッキリと想像して。《攻略法のある怪談》を。《お下校さん》の弱点は観測者が誘導出来るから」


「ごめん。無理だ」


 だって。だってさ。あんな長身の影、正体はあの妖怪しかいないじゃないか。あの話はとっても流行っていたから。流行っていたからさ。


「あのさ」


「うん」


「《八尺様》に弱点ってある?」


 僕がいい終わる暇もあらばこそ。


「走って!」


 女の子はものすごい勢いで走り始めた。


「ないよ!八尺様に弱点なんかない!撃退呪文もなければ苦手なアイテムもない!四隅に盛り塩した部屋でガタガタ震えながら翌朝まで閉じこもってるしかないんだよ!」


「え。じゃあ、今走ってるのはそういう部屋に向かって⁉︎」


「そんな部屋、準備してないよ!逃げてるの!」


「頼りない!」


「頼りなくない!大体、一晩に二体 《お下校さん》を顕現させるとか普通ないんだよ。どんな目をしてるの⁉︎てか私見てないんだけど、本当に八尺様?」


 言われて首だけ振り返れば正しく八尺様としか見えないモノが僕達を追ってきていた。2メートル程の人の形に育った枯れ木に白いワンピースを着せたと言えば伝わるだろうか。同じく白い帽子の下には目と口に見える木のウロのような穴が黒々と空いている。その穴が風を受けて音を鳴らし始めた。


ぽぽぼ……ぽぽぽぼぼぽ


 脚と腕を人間が曲がらない角度に曲げながら地面やフェンス、ブロック塀を掴んで引き寄せるように前進している。多分鳴き声は今、僕が「本当に八尺様かな?」と良く見て「間違いなく八尺様だ」と確信したから追加された特徴だろう。さっきまでそんな声は出していなかった。なら思い出せ。思い出してから八尺様をもう一度見るんだ。何か八尺様の弱点になるような噂はなかったか?異説でいい。不確かでいい。僕が知って信じるならアレはソレになる。


「あ」


「どうしたの⁉︎」


「お地蔵さんだ」


 走りながらスマホを操作して今いる地域のマップを呼び出し《お地蔵さん》を検索する。


「八尺様には《お地蔵さんに一定地域に閉じ込められていてエリア外には追いかけて来られない》って説があるんだ」


 見つけた。《踏切地蔵》。今は踏切は無い場所だけど踏切事故を防ぐ目的で建てられたお地蔵さん。


「お地蔵さんがあるのが駅の南側。だったら一定地域は駅周辺になると思う」


 いや。僕が思った時点でそうなるはずだ。


「だから」


 マップの《駅周辺》と色が変わっている場所の境目を指差して。


「さっきの公園まで走ろう」


 そして僕は「お前は公園より向こうに追ってこれない」という思いを込めて八尺様を睨みつけた。

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