第4話 下校の後悔


「えとさ。その《お下校さん》ってなんなの?」


 場所を移して路地に並ぶ自販機の前。女の子に缶コーヒーを渡しながら聞く。


「コーヒー、飲めるよね?」


「買う前に聞かないかな。それ」


「コーラも買ってる。どっちがいい?」


「コーヒー」


 狭い道。だけど自販機の灯は道全部を照らすには足らず僕と女の子を包むように漂う。


「《お下校さん》はね、《学校の怪談》なんだよ」


「そのさ。芯をズラした答えでさらに質問を誘うの、癖?」


「誘われたのに気づいたならノッてよ。友達いないでしょ、君」


「いない」


「あ。ごめん」


 沈黙。沈黙。さらに沈黙。


「《お下校さん》はね……」


 彼女がやっと語り出したところによるとこういう事だった。世の中には気の流れがあり、人の後悔や恨みなんかのマイナスの思いは悪い気を引き寄せる。そして悪い気とマイナスの思いは混じり合い、何かの物に宿る。


「憑代ってわけ。マイナス思念と関連性の高い物ほど憑代になりやすいみたい」


 物に宿ったマイナス思念というのが僕が時々見かけていた影なんだろう。


「で、その状態で霊感のある想像力豊かな人にしっかり見られると妖怪になるの。《コイツはあのお化けに違いない》って思い込みが思念に形を与えるんだよ」


 だから僕が「テケテケかも」と思ったらテケテケになったのか。怪談が流行れば目撃談が増える訳だ。観測者自身が怪談を作り出していたとは。


「でね。怪談の形をとったマイナス思念は人に害を及ぼすの。それが《お下校さん》」


 彼女が言うには《お下校さん》を退治する方法は3ステップ。


①まとった《怪談》のガワに合わせた攻略法でガワを剥ぎ取るとともにダメージを与える。この時点で《影》に干渉が可能になる。


②《影》から《憑代》を取り出す。この時にマイナス思念の正体が分かっていれば説得がいくらか効果をもつ。


③《憑代》を破壊する。


「《怪談》を破壊した余波で影に揺さぶりをかけないと《影》には触れないんだ。だからまずは形を持たない《影》に《怪談》をかぶせて《お下校さん》になってもらう」


「それって」


 つまり。なんだ。


「うん。君を利用した。《影》が見える人って少ないんだ。私が見てないところで《お下校さん》になられたら最初の観測者はまず助からないしね」


 なんだよ。それ。


「ごめん。こうして事情をペラペラ喋ってるのもまた協力して欲しいから。あのさ」


「やだね」


 さっきの会話とか。


「僕だって死ぬかもしれないだろ。君みたいに運動神経が良いわけでもないし」


 ちょっと友達みたいだなんて思っていたのに。


「ごめん。でもさ!」


 知るもんか。怖いのは嫌だ。友達がいないのと同じくらい嫌だ。なにより友達になれるかもなんて期待を空振りするのは一番嫌だ。これまでだって何度もそれを味わってきた。


「あのさ」

 

 名前も知らない女の子との決別を決めた僕の視界の隅。彼女の背後で赤黒い影が夜に向かって伸び上がるのが見えた。

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