第3話 お下校さん
今日は学校を出るのが少し遅くなった。駅に向かって歩き出す頃にはもう空が暗くなり初めている。空の茜色より並ぶ店先の灯が明るく見え始める時間。いや。正直に言うと帰る時間を遅らせたのだ。昨日の変な女の子にまた会ったらどうしていいか分からない。
ブロック塀を、フェンスを、曲がり角を曲がるたびにその先であの子が腕組みをしているのではないかと気が気ではなかった。
公園の隣を通る。その一際暗い道で。
「きみ みエているね」
声を掛けられた。ヘッドフォンを貫通する声。でも昨日の声とは違うような。
思わず振り返った視線の先には誰もいなかった。なんだ、気のせいか。そう思って向き直った道にそれは居た。
街頭の灯りにうずくまるような影。赤黒く不定形で泡立つように震えている。
「みえてイるね」
言葉はそれが発しているように聞こえる。放置したシチューの鍋底から湧き上がって弾けた気泡のような声。
「どんなふウにみえていルんだい?」
どんなって。どんな風にも見えない。形がない。でも。何かこんな姿勢のお化けがいなかったっけ。よくある学校の怪談で。確かーーー
影の輪郭がハッキリし始めた。そうだ。確かにこんなお化けがいた。下半身が無くて。女子高生で。千切れた上半身だけで這う。
目を凝らせばもう影はソレにしか見えない。テケテケだ。どうして気づかなかったんだ。妖怪って本当にいるものなのか?てか。まずい。コイツは人を襲う。
テケテケがゆっくりと顔を首ごとこちらに向けるのと同じ早さで僕は後ずさって。
「なんだ。本当に見えるんじゃないか!」
楽しげに後ろから響いた声に心臓を口から飛び出させた。ぎゃあとも口に出せない僕の隣を声の主はすごい速さで追い抜いて行く。
「しかもテケテケになるとは都合がいい!」
女の子だ。昨日も見た。僕と同じ学校の制服の。外ハネボブの。彼女は一切の躊躇なくテケテケに向かって走っていく。全力疾走だ。手を開いて陸上選手のようなフォームで。姿勢は美しいが制服なので色んな場所がバタバタ暴れて間抜けにも見える。形相もスゴイ。僕の方を睨もうとしていたテケテケも一瞬の躊躇の後、女の子を追いかけ始める。闇夜の高速鬼ごっこだ。
「テケテケ攻略法イチ!テケテケは逃げ足が早い方を優先して追うーー!」
なんであの子は走りながら叫べるんだ⁉︎
「テケテケ攻略法ニ!テケテケはーー」
フェンスを掴んで跳躍。そのまままるで壁を走るようにフェンスの上に飛び上がった。ガシャンと物凄い音を立ててテケテケがフェンスに激突する。
「急に止まれない。……そして段差を登れない」
荒い息をつき、フェンスに仁王立ちしながら。
「テケテケ攻略法サン。……特定の呪文による撃退が可能。さあ《テケテケさん、地獄へ帰れ》!」
「あ」
テケテケが形を失っていく。赤黒く闇から染み出したような、不定形の泡立つ影。
飛び降りた女の子が影に触れる。
「無念だったね。でもそれは君のじゃない」
影が薄まる。中から画面がバキバキに割れたスマートフォンが現れた。女の子はそのスマートフォンを拾い。
「これでいいかな」
フェンスの中から鉄パイプを持ち出して。
「よ」
野球のノック練習の要領でスマートフォンを粉砕した。
「な……な……」
声が出せない。あまりに状況は意味不明だ。今のは何だ?この子はなんだ?いったい何が起こっているんだ?
「ああ」
女の子は僕の表情に気づいて。
「これね」
粉々になったスマートフォンの画面とひしゃげたフレームを指差し。
「お下校さんだよ」
何の説明にもなっていない一言を投げて寄越した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます