第11話感傷的になるな!

23時20分。

パチンコ屋「マリオン」から、横井麻里が出てきた。

「ゴメンね、待たせて。今日は私が奢るから、何食べたい?」

と、麻里はリュックを背負い、駅前を2人で歩いていた。

「今夜は、ラーメンかな」

「え?ラーメン屋。今の時間帯に開店しているラーメン屋無いよ!つぼ八はどう?」

「良いよ。つぼ八は元々八つぼの店から始めたからつぼ八なんだよ」

「そんなの、ホント?」

「デマかも知れない」


2人は暫く歩いて、つぼ八に入った。

2人して生ビールを飲んだ。

坪井はくわえタバコしながら、麻里に九州のお土産を渡した。

「かすたどん」である。

カスタードのクリームが、スポンジ生地のパンに入っているのだ。

「うわぁ〜、ありがとう。坪井君」

「やすもんでゴメンね」

2人は暫く黙ってビールを飲み、ツマミを口に運んでいた。

「今日は、口数少ないね」

「うん」 

「何かあったんだね。このお姉さんに話しなさい」

「恵、知ってるよね?」

「元彼女でしょ」

「がんなんだ。余命3か月」

「……重いな」

「もう、脳転移して、間もなくすると僕の事も忘れると思う」

「でも、親に会うなって、言われてたわよね?」

「そうなんだけど、今、彼女のお父さんが出来るだけお見舞いに来てくれってさ」

「はぁぁ?勝手過ぎない?」

「そう思ったんだけど、恵はもう死んじゃうだろうし。どうすればいい?」

「気持ちは分かるけど、突き離した方が良いよ!坪井君も辛くなるだけだから」

「……そう、だよね」


2人は、ホッケをつつきながら、ハイボールを飲んでいる。

「私が死んだらどうする?」

「え?麻里が?」

「うん」

「葬式に行く」

「じゃ、元カノは?」

「行かない」

「宜しい。辛いかもしれないけど、お見舞いは辞めた方が良いよ」

「分かった。そうする」


2人は、夜中の1時まで飲んで、麻里の賃貸マンションに向かった。

シャワーを浴びて、直ぐに坪井は寝息を立てて寝てしまった。

残された、麻里は冷蔵庫から麦茶を出して飲んでいた。

麻里は本気で坪井を愛していた。

だが、元カノの事まで心配する彼が不憫ふびんに思えてならない。

3時。麻里はソファーに寝た。


翌朝7時。

坪井はマンションに置いてある、服に着替えて大学に向かった。

まだ、夏休みだが久しぶりサークル「パイ」のメンバーと会う約束をしていたのだ。

麻里は今日は休みらしい。

坪井は遅くなるかも、と言って外に出た。


「やぁ、マイフレンドの大崎先生」

と、言うと日焼けした植林や中本らが集まっていた。

後から、女子も合流した。

皆んなに、かすたどんを配った。

全員、美味しく食べた。


久しぶりのサークルのメンバー。行く所は決まっていた。

居酒屋。


名もなき居酒屋で皆んな盛り上がった。

三井と高山の女子が言った。

「夏休み前に、久美子ちゃんを寿司屋に連れて行ったらしいね?」

「……うん」

「川畑さんだけ、ズルい!今度、私たちも連れて行ってよ!」

と、坪井に迫る。

「じゃ、会費5000円なら考える」

「何それ!久美子ちゃんは奢ったくせに」

「大丈夫よ!智子ちゃん、愛ちゃん。このブサイク、刺されてたんまり金持ってるんだから」

「それ、ホント?坪井君」

「で、デマだよ!この醜女、腐れ売女の事信じちゃだめだよ!」


そのまま、全員カラオケ屋に向かおうとしたが、坪井は行かなかった。

携帯で電話してから、グループとは別れた。


横井麻里のマンションに向かった。

「ただいま〜」

「おかえり。坪井君。うわっ、酒クサッ」

「だいぶ飲んだからね」

「お友達、元気だった?」

「うん。元気過ぎ。今度、寿司屋に連れてけだって!」

「あぁ〜、夫婦寿司ね。あそこ、美味しいよね。冷蔵庫からセルフで瓶ビール取りに行く坪井君が笑えたけど」


2人は、麦茶を飲みながらぺちゃくちゃ喋った。

そして、坪井は言った。

「将来、就職して安定したら同棲しない?」

「おっと、まだ、酔っているのかな?」

「僕は本気だよ」

「……良いよ。就職したらね。私、坪井君のお嫁さんになりたい」 

何だか、小学生の話しをしているようで滑稽こっけいだった。

あっという間に、2ヶ月間の夏休みは終わってしまった。


卒業単位には関係ない、教諭資格取得の講義に参加して、大学を出たのは18時を回っていた。

携帯電話が鳴る。


恵の父親だった。

「もしもし、坪井君?い、今、恵がダメなんだ。直ぐに来てくれませんか?これが最後です。タクシー代払います。お願いします」

「分かりました」

と、戸惑いを感じながらもタクシーで大学病院へ向かった。


病室は、1人部屋だった。

「失礼します」

と、坪井はドアを開いた。

「あっ、坪井君。直ぐに恵のそばに」 

お父さんは坪井を恵の横たわるベッドにつれて行く。


「恵!坪井君が来たよ!坪井君だよ!」

恵は酸素マスクをして、何を話しているか分からなかった。

しかし、

「恵!オレだよ!浮気者の坪井だよ!」

と、声を掛けると恵は坪井の手を握った。

お父さんは酸素マスクを外して、恵の最期の言葉を聴いた。


「健君、……こ、今夜はオムライス……だよ?……あり……がとう」

「佳子、オレ達は部屋を出よう。2人だけにさせよう」 

とお父さんは言った。医師も、そうしてあげましょうと言った。

お父さんは涙を流しながら、坪井の肩をポンポと叩いた。

お母さんはハンカチで目頭を押さえていた。

弟は目が充血していた。

家族と医師はドアの向こうにいて、話し声は筒抜けだった。


「しっかりしろよ!恵!また、元気になったら映画でも行こう!旅行でもいいぞ!」

「……大丈夫…ちょっと眠たいだけ。……牛カルビ……お持ちしました……。け、健君、後、さ、30分で……バイト終わるから待っていてね」

坪井は恵の右手を掴み、

「また、焼き肉屋で待ってるから、がんばれ!まだ、仕事は沢山あるぞ!」

坪井は涙を堪えていた。

「お会計……な、七千円です……1万円お預かりします…健君は980円になります」 

「はいっ、千円渡したよ!」

「……20円?……あ、お釣りです」

「確かに受け取ったよ!まだ、死ぬな!浮気もんだけど、こんなオレを許さなくても良いよ……。だけど、死ぬな!」 

「健君、心配……しないでね。私は、20人の……男と付き合ってきたから。……決心した?……私との結婚。このまま……ずっ…と……ずっと2人で……」


ピーーー


坪井は外の家族と医師を呼んだ。

皆んな、家族は号泣していた。医師が死亡確認をした。


「これがお姉ちゃんのバッグの中に」

と、弟が坪井に手紙を渡した。

封筒には、坪井健太様。と書いてあった。

坪井は、朝方、タクシーで帰宅した。

手紙を読んだ。

将来の人生計画が書いてあった。


葬式には出なかった。

近所なので、凄い人数の弔問客が来ていたのが見えた。

霊柩車が、クラクションを鳴らした。


恵は空に飛んで言った。

坪井は悲しみを忘れる為に、1人街に出た。

麻里と過ごそうと思ったが、1人で飲んでいた。

手紙を何回も読み直して、ビリビリに破って捨てた。

悲しみは乗り越えなくてはならない。

そう思ったからだ。

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