第10話坪井の献身

2人で回転寿司屋に向かった。

「おたふく」と言う店だった。ここは、屋久島の首折れサバの刺し身を出す店で有名。

坪井は刺し身を食べながらビールを飲んだ。


「坪井君って、ビール飲むんだね」

と、いずみは言って、レモンサワーを呑んでいた。

特段、会話はなかった。

ただ、ただ、いずみは坪井に謝った。しかし、坪井には既に彼女がいる。

しかし、それを知ってまた、復縁を望んでいる。

彼女の真意が掴めない。


19時に回転寿司屋を出て、2人は歩いていた。最終の電車で実家に帰る予定だった。

彼女はセックスしたいらしいが、坪井は断った。

お詫びに、もう一軒、奢ってやった。

いずみは焼き肉屋を所望した。

焼き肉屋で、いずみはタンを焼いていた。

坪井はビールを飲んでいる。


「焼けたよ〜」

と、いずみは坪井の取り皿にタンを置いている。

坪井は、テールスープを注文した。

いずみは、カルビと白飯。


「金髪、似合ってるよね。モテるでしょ?」

「そうでも、ないよ」

「私、初めて遊ばれた」

「オレはお前に、遊ばれたんだが?」

「ゴメンなさい」


暫く黙食した。

坪井はいい具合に酔っ払った。いずみは腹一杯で動けない様子。

携帯電話が鳴る。


別れた恵からだった。

無視した。


坪井はいずみに、

「オレ達が会うのは、これが最後だ。元気でいろよ!」

「……う、うん。ありがとう。でも、もう一度、……」

と、最後の言葉を聞かずに駅の改札の中へ入って行った。


実家に到着したのは、夜の10時半。

親父が焼酎を呑んでいた。坪井は、チャンヂャを買っていたので、父に渡し、母にはお菓子の詰め合わせを渡した。

弟は18歳だが、ビールを呑んでいた。


「健太、ちゃんと勉強してるのか?」

「うん。勉強もしてるけど、バイトもがんばってる。教科書代が高くてね」

「すまんな、父ちゃんの稼ぎが少ないから」

「そんな事は気にしてないよ。私立大学は家が一軒建つくらい必要って知ってるから」  


母親は、鯉の洗いを持って来た。多くを喋らない人間だ。


弟は、ビールのツマミにチャンヂャをたべて大喜び。

ま、高校を来年卒業するのだから、許してやろうと思った。


散々呑んで食って、風呂に入り、寝室で横になっていると、携帯電話が鳴る。

また、恵からだった。

しつこいので、電話に出たら、恵は泣き声だった。

「もしもし、どうした?恵」

「私、がんが再発しちゃった」

「どう言う事?」

「市民病院じゃ、ステージ1って言われていたんだけど、大学病院で精密検査したら、転移していたの」

「そうか……。いつ、大学病院に入院するんだ?」

「来週の月曜日から。……でも、もう会えないよね?」

「そうだな。家族に会うなと言われているから」

「じゃ、写真を送ってくれない?」

「写真?」

「うん。私のお守りにする」

「分かった。送るよ。どこに転移したの?」

「既に、脳転移しているの」

「そっか。今、九州の実家だから、埼玉に戻ったら、また電話する」

「生きてるかなぁ〜」

「馬鹿、死ぬなんて考えるな!」

「うん。またね」

「おやすみなさい」


坪井は恵が脳転移まで、病状が発展するとは思わなかった。

ここは、恵の親より恵の気持ちに応えたい。

3日間、実家に滞在した。


「じゃ、戻る。空港までありがとね」

「健太、バイトはしょうが無いが、あまり遊び過ぎるなよ!」

「兄ちゃん、クチャクチャ食べたらダメだよ!」

「わかった。またね。後、3年もすれば帰るから」

「健太、生水には気を付けるんだよ」

と、母が最後に言った。

空港の荷物チェックの場所まで行くと、最後に坪井は家族に手を振った。

家族も、バイバイしていた。


帰宅した、坪井はパイの連中にお土産を買い、麻里、恵の分を整理していた。

翌朝、大学病院へ向かった。


夏休みの最終盤、痩せた恵が起きていた。

「健君、お久しぶり」

「元気そうだな。これ、九州のお土産」

と、言って、お菓子を恵に渡した。

恵はありがとう。と言って、箱を開けた。

カスタードクリームのお菓子が入っていた。

2人でお菓子を食べた。

そこに、恵の家族が現れた。

しかし、お父さんもお母さんも、弟も文句言う事は無かった。


「良かったな?恵。彼氏さんが来てくれて」

「うん。皆んな、これ食べて。美味しいよ」

と、恵はお土産のお菓子を家族に渡した。


面会時間の終わりが近付いてきた。

家族と坪井は一緒に病室を出た。


「坪井君。僕は君に酷い事を言ったのに、すまない。ありがとう。実は恵の余命は後3ヶ月なんだ。本人は知らないと思うが、君と会った娘の目の輝きはいつもと違った。わがまま言うが、見舞いにこれからも来てもらえませんか?」

と、お父さんは泣きながら言った。


「良いですよ。恵ちゃんとの思い出の話しでもしてやります」 

「余命の事は、絶対に言わないで下さいね」 と、お母さんは言った。


「出来る事は、何でもします。元恋人同士なのですから」


お父さんは、坪井に1万円札を渡し、タクシー代と言った。

坪井は受け取り、タクシーで帰宅した。

その夜、坪井は麻里に電話した。

「もしもし、麻里?今夜会えないかな?」

「えっ、今夜?良いけど、私今日は閉店までだよ。夜の11時過ぎるケド……」 

「今日は会いたいんだ」

「分かった。店の前に待っていてね」

「うん」

坪井は、何を考えているのだろうか?

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