第79話

彼女は、僕の机の上に

可愛らしいハンカチで包まれたものを

差し出した。


「これって?」


「まさか、今日に限って、社長がランチに行けないとは

思っていなかったんですけど、作ってきて良かったです」


「お弁当ですか?」


「はい。良かったら、召し上がってください」


「…いいのかな…いいんですか?本当に」


「はい、私の分も作ってきてあるので」


そういうことではなくて…

本当に、僕が彼女の手作りのお弁当を食べてもいいかと

いう意味で言ったのだけれど…


「僕に作ってくれたんですか?」


「他に、誰も作る人いませんし」


「…本当に…いいのかな…手作りのお弁当って、凄く

久しぶりなんですが…」


「そうですよね、忙しいと自分で作ってる暇ないですよね」


そうじゃなくて…

女の子に作って貰うのが久しぶりという意味だったんだけれど…

彼女は分かっていないようだった。


鈍いのか、天然過ぎるのか…


でも、よく考えてみれば、僕は確か料理ができるなんてことを

話していた記憶がある…


墓穴を掘ってるな…。


「でも社長は、モテそうだから、学生時代とか女の子たちの差し入れとか

凄かったんじゃないですか?」


「その他大勢の女の子から差し入れられても、好きな人に作って貰う

お弁当は別です」


激務に耐えてきた甲斐があった…


そうか、それであの時僕に食べ物の好き嫌いの話を振ってたのか…


僕も僕で鈍い…


でもお陰で、嬉しさもひとしおだけれども…


まさか金曜日に、こんなサプライズが待っているなんて

さっきまで、全然思ってもみなかったな。


「…お茶、淹れますね」


彼女は、そっと立ち上がった。

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