第56話

「今日は、よく晴れてますよね」


彼女とは隣に並んで歩いていた。

何度か手がぶつかったりしたけれど

やっぱり手は繋げなかった。


「そうですね」


「なんだか、夏目漱石の言葉を思い出しました」


「私もです、同じですね」


そう話しながら僕らは、どちらからともなく

ぶつかっていた手を繋いだ。


月が綺麗ですね


という

夏目漱石の有名な、あの言葉。

まさか、素で言ってしまうとは

思わなかったけれど


それに、普通に返してくれた彼女。


ちゃんと意味は通じているのかなと

僕は少し不安になった。

だけど、どちらからともなく繋いだ手に

その答えがあったように思えた。



ずっと繋いでいたいな。

この手を…


そう彼女も思ってくれているだろうか


私もです、同じですね。



同じという言葉には

どれくらいの同じの量が

込められているのだろうか


僕が思い描く未来と

彼女が思い描く未来

どこまで同じように続いているのか

知りたいような知りたくないような

そんな気持ちに囚われた。


せめて今、一緒にいるこの間だけは

同じことを考えてくれてたらいいのに。


僕は駅までの道すがら

無理に会話を弾ませるわけでもなく

ただただ

手の温もりと柔らかい感触に

ドキドキしている。


初めて恋をしたときのように。

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