第4話

「とりあえず何も分かってない状況なので、一から話を───」


ぐうぅぅぅ〜


腹の虫は、どんなに張り詰めた状況であろうとも存在を知らせることがある。

「そういえば何も食べてなかったですよね、長老様、お話はまた後でよろしいでしょうか?」

「そうだな、腹が減っていては話を聞く集中力も持つまい、皆の衆!自分の家に戻るんだ!」

そうして、サシャを残して他の人達はぞろぞろと自分の家に戻っていく。

「ではサシャ、少し時間を空けたらまた来るからの」

「はい」

「ついででよいのだが、できればこの村の事も説明してもらえるかの?」

「分かりました、任せて下さい」


サシャが食事の準備をしながら、悠吾に話題を振る。

「そういえば、ユーゴ様がここに来た時かなり衰弱していたようですけど、何かあったのですか?」

「実は俺、昼間にジャイアントアラクネーって奴に会ってさ、何故か襲われなかったんだけどね」

「もう"女王"と出会っていたのですね...」

「でもその後、オオカミ達に襲われてさ、命からがらなんとか逃げきったよ」

「あぁ、彼等はクレセントウルフといって、このクレセント大陸に広く分布している動物なんです」

「クレセント大陸?アメリカとかアフリカとかじゃなくて?」

「アメリカにアフリカですか?そんな大陸は聞いた事がないですね...」

(まじで俺どこにいるんだ?)

「ユーゴ様...どうかしましたか?」

「あぁいや別に、それにしてもいい匂いがする」

「もうすぐ出来上がるのでお待ち下さいませ」

そうして数分程待つと、サシャは悠吾に料理を提供した。

「すごい...綺麗だ...」

「ここらで育つ生命は色鮮やかなものが多いのです、異邦の方でも美味しく頂けるように、マイルドな味付けにしましたので是非」

「ありがとう!いただきます!」

赤や緑、黄色など、多くの色が混在しているが、そのどれもが邪魔をせずに調和をし合う、まさに美の食卓であった。

味の程は、フレッシュな野菜の噛みごたえと、ジューシーな牛肉とそこから溢れ出る肉汁、日本の米とは違うパサっとした米はスープカレーと非常に相性が良く、香辛料による食欲の促進は留まるところを知らなかった。

「美味い...余りに美味すぎる…」

「フフっ、良い食べっぷりでこちらも喜ばしい限りです、では締めのデザートを持ってきます」

サシャは空になった食器を下げ、新たにデザートを持ってきた。

「ではこちらをどうぞ」

「これって...」

緑の皮に白い果実の果物を差し出された悠吾だったが、日本では見たことの無い果物だったため、サシャに確認をしてみる。

「こちらはチェリモヤという果実です、とてもクリーミーで美味しいんですよ、食べる時は実をスプーンで掬って食べてくださいね」

「じゃあいただきます」

悠吾はチェリモヤと呼ばれた果実に、スプーンの先端を滑らせる。

思いの外柔らかく、スルンと果実の仲へとスプーンが入った。

掬ったものを口に入れると、言われた通りクリーミーで、ヨーグルトに近しい何かを感じさせた。そして食感はプルプルと弾力があるが、その中に若干シャリッとした感触があった。

兎にも角にも初めての果物だったが、とても満足度の高い1品だった。

「ごちそうさま!すごい美味しかったよ!」

「ありがとうございます」

そして、サシャが食器の片付けをしている間、デスグラシアと名乗った生物と話をすることにした。

話をする前に、少し大きめの白いトカゲに羽がくっ付いたような見た目を流し見て、声を掛ける。

「なんだヨ?」

「そういえばお前、デスグラシアって言ったよな?」

「思い出したかのように言いやがっテ...まぁあの飯は美味そうだったしそれも分かるけどナ」

「そういえばお前は何か食わないのか?」

「あぁ、俺とお前は一心同体だから、お前が食事を済ませば俺も食事をしたことになるんダ」

悠吾の頭の中には、既にハテナが無数に存在していたが、さらに謎が1つ増えてしまった。

「やばい...ただでさえ今日は意味分かんない事のオンパレードなのに、また変な情報が...」

「あん?余計な事は考えるナ、とりあえず話を聞ケ」

「はぁ...」

「気を取り直しテ...俺は今まで石像として長いこと封印されていたんだが、そこにとても都合の良いお前が通りかかって、ようやく封印が解けたってコト」

「なんで俺なんだよ?」

「それは...なんていうか…空っぽなんだヨ、お前」

「全然説明になってないし…」

「他のやつだと拒否反応が出るんだけド、お前は違うんダ」

「それは多分マナの問題だと思います」

話し込んでいた2人の間に割り込んだのは、片付けを終えたサシャだった。

「マナって...魔力的な...アレ?」

「はい、ここからは私がお話いたしますね」

話をすると決めた時に、サシャの先程までの柔和な印象が薄れ、険しさを感じさせる顔つきとなっていた。

「龍神様のことですが、龍神様の石像には特有のマナが存在していたのです、石像に触れれば触れた者を取り込もうとする程の狂気的なマナが...」

「お前まじかよ...」

「だって石像のままは嫌だからサ...」

ジャイアントアラクネーよりもそこの小さな龍の方が危険では?と悠吾はデスグラシアを細目で睨む。

「基本的に人間と龍のマナが混じり合うことは無いのです、マナとはこの地における生命力だと我々は考えています、そして、1つの身体に存在できるのは1つのマナだけなんです」

「なるほど、そこのチビドラゴンが拒否反応って言ってたのは、本来混ざらないマナ同士が混ざろうとした結果なのか...」

「チビドラゴンって言ったカ!?」

「ちょっと待って!それ、触った場合って...」

「触れた者は龍神様のマナで身体に白い痣のようなものができ、苦しみながら...死に至ります」

サシャは唇をかみ締め、服を掴む手に力を込めていた。

「あ、あの、そんなつもりは無かったんダ...ゴメン...」

「申し訳ないと思うなら!私達を!リポカ族をお守りくださいませ!」

今までに無かった声の荒らげ方に、悠吾もデスグラシアも言葉が出なかった。

特に、サシャの仲間を複数人葬ってしまったデスグラシアは、申し訳なさそうに俯いていた。

「はっ!?申し訳ございません!取り乱してしまって...」

自分の愚行に気付き、サシャはすぐに頭を下げた。

「無理もないよ、それで...話の続きを聞かせてもらってもいい?」

「はい、それできっとユーゴ様は自身のマナが無かったからこそ、龍神様のマナをその身体に留めていられるという事だと考えています」

「だから一心同体...そういえば、サシャは魔粒素って言葉、聞いた事ある?ジャイアントアラクネーが俺を見て魔粒素が無いって言ってたんだけど」

「魔粒素という言葉は聞いたことありませんが、"女王"の口振りからしてマナと同義の言葉だと思います」

「なんとなく合点がいったよ、それでリポカ族?は件の化け物を倒したいって事なんだよね?」

「はい、"女王"は数ヶ月前に現れたのですが、その巨体と蜘蛛の能力で様々な生物を捕食していったのです、もちろん人間も...その中にはリポカ族の仲間や、ゴルダ族の方々もいました...」

「ゴルダ族?」

「あぁ、ゴルダ族は近隣の民族です、いえ、でした...彼等は"女王"によって全滅させられたのです」

「全滅ってそんな...」

「我々もうかうかはしていられません!"女王"はこちらへ近づいています、リポカ族の全滅も...時間の問題なのです」

「もちろん命の恩人達の頼みだし、断るつもりは毛頭ない...けど...」

「ユーゴ様?」

悠吾の脳裏には、ジャイアントアラクネーがチラついていた。想像しただけで身体が震えるほどに。

「俺、まだここに来て1日も経ってないし、昼間見たあいつが怖くて仕方ないんだ...あんなの初めて見たし...立ち向かえる気がしなくて...」

「そんな!貴方が諦めてしまっては我々は終わりなのです!そんな弱気な事を仰らずにどうか!」

サシャは再び言葉を荒らげる。しかし、それと同時に身体が震えていた。悠吾の弱気な姿勢に呼応するように。

「そうですぞ!ユーゴ殿!」

再び長老がその姿を現した。

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