第65話

「でも…」


藍美が目を伏せた。


枕を持ってそこに顔を埋める。


「愛美は、彰人が好きなんだと思ってた」


「…!」


「分かるよ。ずっと一緒だったから」


「そっか…」


やっぱり、あの【ごめん】の意味は、そういうことだったのだ。


「一回ね、彰人のこと諦めようとしたことがあったんだよ」


「え?」


「愛美、『あきちゃんのためにバレンタイン頑張る!』って言って、どんどん料理も上手になっていったよね」


「あ…」


あきちゃんには毎年バレンタインをあげていた。

それが本命になるのはもっと後だったけど、恒例行事だったのでどんどんレパートリーが増えた。


何でもできる藍美に対抗できるのは、ピアノと料理しかないと思い、いつしかキッチンに立つようになった。


「こんな料理上手で、優しい愛美に勝てるわけないって思って、いつしか、あきちゃんを追いかける愛美の顔を見て自信なくしたんだよね」


「そ、そうなの?」


「そうそう」


笑って藍美が言う。


私は【選ばれた】藍美が羨ましかった。


けれど、それとは逆に藍美も私に思っていたことがあったんだ。

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