第87話

「来たか、雫」

「おはようございます、雫さん」

老いた夫婦が目の前に映る。

本当にこの2人から生まれたのかと自ら疑問に思うほど、

忌々しいホワイトベージュの色が、この日本家屋ではとても目立つ。

「ご要件はなんでしょう。

 俺はこれから学校があります、手短に済ませて下さい」

用意された食事には手を付けない。

誰も食べていないからという理由もあるが、食事をする気にはならない。

「…最近、霜楓で大きな争いがあったそうだな。

 相手は綾瀬だったと聞いたが、お前は何をしたんだ」

「貴方に何の関係があるのでしょう。別段俺が怪我をした訳でもない。

 この家の秘密が明かされた訳でもないでしょう。何かまだ問題が?」

あくまで俺と彼は対等。

その姿勢を崩さない。

一度でもそれを崩せば俺はこの男に負けるのだろう。

視線を外す事なく見つめていると、相手の方が根負けた。

「…まぁ、良い。

 我が家に迷惑が掛かる事がない様にしろ」

「勿論、気を遣います。

 それでは俺は登校するので失礼します」

直ぐにその場を去ろうとしたが、不意に違和感を感じて振り返る。

「詩羽…?」

「いかないで、兄様…」

我儘を言うのは詩羽にしては珍しい。

俺は少し考えて、腰を下げた。

「…じゃあ、一緒においで」

人生で初めて、妹の手を握った。

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