第84話

『ミユ』は、魅惑の少女だった。

自覚症状のあるそれに、『ミユ』自身も振り回されていた。

それを初めて救ったのは、他でもない紅蓮だった。

だからか『ミユ』は初めて人に愛を返した。

たったひとり、須崎 紅蓮だけに。

己の意思に関係なく人を誘惑する少女・『ミユ』

それがどれ程の劇薬なのかは当時の『柘榴』の連中が一番知っている。

稜も当時からのメンバーだ。知らないわけがない。

それでも、拒む暇もない内に『ミユ』に魅入られたのだろう。

「『ミユ』を愛したことを、過ちだと認められるのか。

 それが出来るというのなら、俺もこの情報をお前達にやろう」

捻り上げた腕を解放して俺は少し稜から距離を取った。

地面にへたり込んだ稜は、乾いた笑みを零す。

やがて、か弱い声で呟いた。

「…始めから、気付いてた。『ミユ』を好きになるのは間違いだったこと。

 分かってた、出逢った頃からお前が俺を心配していたことも」

「…随分と遅かったな、気付くのが」

「…悪ぃ」

「別に、怒ってないし。俺は怒れないから関係ない」

「…そうかよ」

怒気の失われたその声に、俺はインカムの電源を再び入れる。

「雫だ。稜の戦意喪失に成功、これから情報の取引を開始する」

『…了解、くれぐれも慎重にね』

『分かってる。雄大、巡の方はどうなった』

インカムから返答があったのは今のところ雄大のみ。

そういえばと思い出し、巡の話をした。

『…分からない。でも、問題はないと思う。

 ただ、『ミユ』と関わりがありそうな女性を発見したと連絡が入った』

『…『柘榴』に女なんか居たか?』

俺は思わず稜を見た。

それに気付いた稜は、素直に答えた。

「…『ミユ』に似た女を、慶嗣(けいし)が連れ込んでいたのは覚えてる」

慶嗣…吠舞羅 慶嗣(ほむら けいし)は『柘榴』の幹部だ。

稜の話から何度か出てきたことを思い出す。

『…予想が正しければなんだけど多分、その女性は僕達の母なんだと思う』

『…あぁ、巡の女嫌いの根底か。分かった、ソイツこっちに寄越せ。

 雄大のもとに愛流を送る。愛流なら覚えているはずだ』

『分かった』

雄大との連絡も取れたことだ。

稜に向き直り、俺はしゃがみ込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る