第82話

『捨てられた子犬の様な面をしているな』

『…捨てられたのは事実だな』

『暫く拾ってやろうか、男一人養う程度のお金ならある』

伸ばされた俺の手をじっと見つめてから、彼はその手を取った。

酷く冷えたその手を、宝物を扱うかのように握って、俺は彼を見た。

本当に、子犬の様な子どもだった。

歳を聞けば同い年どころか、ひとつ年上だった。

童顔だというわけでもないのに、どうしてそう思ったのだろう。

後から本人に話を聞いて分かった。

彼も『ミユ』のことを純粋に愛した人間のひとりだったということ。

そして、ただたったひとりの少女を愛したが故に、苦しみの中に居る事を。


「あの頃、たった1週間ではあったが共に暮らした相手だ。

 手心を加えてやっても良い、がお前はそれで納得しないだろうね」

挑発する様に、俺は呟いた。

言葉で挑発しようと、表情がついてこない事は知っている。

その分言語で対抗することは出来る。

それに稜が引っ掛かることがないことも、知っている。

「する訳がない、俺はお前に怒っている。

 俺が当時から求めてやまない情報をずっと隠し持っていた」

「当時のお前に渡す必要のないものだった。だが今は違う。

 『柘榴』を率いる存在にまでなったお前をこれ以上『ミユ』に振り回させない」

「『ミユ』は、俺の全てだ。俺だけじゃない、『柘榴』の幹部は全員、

 『ミユ』に恋い焦がれていた。たとえ彼女が、既に他人のものでも」

頭を抱えながら、彼は叫ぶ。

彼等の中の『ミユ』は一体どんな存在で居たのだろうか。

俺が知る『ミユ』は残酷で、憐れで、どうしようもない存在だった。

稜には、彼女がそう見えなかったのだろうか。

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