第74話

「家出中に出逢った内のひとりが稜なんだよ。

 沢山の奴等に出逢った中で、強い印象を持つ人間のひとりだった」

静かに話す雫の表情は無表情だが穏やかなものだった。

「…ねぇ、ソイツ本当は闘いたくないんじゃないの?

 それくらい印象に残っている相手なら…ちゃんと名前で呼んでるし」

巡の言葉にハッとする。

名前は雫の中のその人間との距離感や関係性を示している。

近しい存在は必ず名前で呼ぶ雫に、柊月は名前で呼ばれている。

「…あぁ、気にしなくて良い。

 例えそういう存在であったとしても、俺の心には響かない」

その様な感情を持ち合わせていないから、と彼は当たり前の様に語る。

「雫くんってさ、楽観的には考えてないって聞こえる様に話してるでしょ」

「…流石雄大、よく気付いたな」

斎から返されたスマホ見ながらそう呟いた雫。

「ホントはどうでもいいんだよね君は。

 誰にどう思われているかとか、自分がどう思っているのかとか」

「気にして何かあると思う?

 俺自身が変わることはないから気にしないんだよ」

基本的にどうでもいいんだ、雫は。

自分が異性にどう思われているのかも、同性にどう思われているのかも。

すべて等しくどうでもいいのだ。

「雫くんって他人のこと沼らせちゃうくせに、そんな事言うから

 ホストとか似合いそうだね。やらないだろうけど」

「やってもいいよ?但し金額は店の最高額が最低額で」

「うわ、キッツ…それでも客来そうな辺りがなんとも言えない」

巡が顔に皺を寄せる。

「…ていうか、そんな話どうでもいいよ。

 『柘榴』との話が進まないでしょ、この話は終わり」

雫の呆れた言葉に、俺達はハッとして斎の方を見る。

「…話が済んだなら、続けるぞ」

俺達は返事をして席に戻るのだった。

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