第67話

「ない…?」

正直、予想通りだった。

「ない、というか…そういう意味で考えたことがない。

 …どこか似ていたから、俺の知り合いに」

「そういや、兄貴とはどうやって知り合ったんだ?」

雫は自分の話を頑なにしない。

特になにか辛い経験があったのかと尋ねても返ってくる返答は、

常に「別に」だけだった。

自分からこういう話をしてくれるのは初めてだ。

「…アイツは、どうだったかな。変、だった気がする。

 あの紅い瞳は、アイツの家の象徴だった。でも、それとは違う気がした」

「紅い瞳って…あれカラコンじゃないの?」

「違う。因みに言っとくが俺の瞳も髪色も地毛だから」

『は?』

「隔世遺伝の結果。両親も祖父母も真っ黒だけど俺だけこの色」

ホワイトベージュの髪を優しく触れる雫。

「綺麗だもんね、その髪色」

「……どうだか」


◇◆◇◆◇◆


少し、ほんの少しだ。

自分の話をした。

どうして話したのか、分からない。

分からなくて良いと、愛流に言われた。

愛流は俺の為にならないことは言わないから、従った。

何のためだろう、と気にすることもなく。

「雫は、俺の名前を言わないよな。

 始めから、ずっと。気を許した証拠の様に、名前を言う」

「一番分かりやすいから」

「まぁ、一理ある」

「あとは、俺が呼んで良い様なものじゃない気がする」

「なんで」

「その名は、お前の親が贈った大切な贈り物だと思うから」

知っているからこそ、呼ぶことに恐れをなす。

それを他人が理解出来る訳もない。

呉城は当然ながら、首を傾げる。

「心配しなくとも、嫌っている訳じゃないから」

「…それは、知ってる。

 だから、これから容赦なくお前を知っていこうと思う」

「好きにしたら良い、拒むことはないからな」

「あぁ。いつか必ず俺の名前を呼んでもらう」

「…約束なのかそれ」

「違うのか?」

「いや、そうなのかと思っただけ…」

約束なんて、するものじゃない。そう分かっていた。

それでも、彼の言葉を否定できなかったのはなぜだろう。

分からないまま、俺は頷いた。

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