俺に可愛い妹がいる訳がないっ!

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「んっ……。」


消し飛んだ筈の意識が、閉じた瞼の向こうから伝わる電灯の光で少しずつ覚醒していく。


そうか、俺、トラックに轢かれたんだっけ。


じゃあ病院……?


いや、普通トラックに真正面から飛び出したら即死だろ……。


あれ……そもそも俺なんでトラックの前に飛び出したりしたんだっけ……。


〈あなた、後ろから誰かに突き飛ばされたんですよ。〉


ふと、脳内からそんな声が聞こえてきた。


うん、気のせいだ。


きっとただの妄想だろう、、


〈いやいや、妄想だったらもっとマシな事考えませんか?


現実逃避いくないと思います。〉


馬鹿な、妄想との対話が成立しただと……?


〈まぁ実際に今がどんな状況か見てもらった方が早いですね。〉


どんな状況って……どうせ病院のベッドの上とかだろ?


〈じゃあ聞きますけど、あなた今体の何処かが痛いんですか?〉


「え? 」


言われてみれば確かに体に痛い所は無い気がする。


それにあれだけ激しくぶつかっていたら奇跡的に生きてても骨折くらいはしてそうな物だが、何処かをギブスのような物で固められているような感じもしない。


あれ、もしかして俺無傷……?実は不老不死だったりした?


確かに若く見られがちだけど頭はちゃんと薄くなって来てたし……。


〈なんでそんな発想になるんですか……。


兎に角今の状況を自分の目で確かめてみてください。〉


その声の後、だんだん他の感覚も研ぎ澄まされていく。


音で分かる。


近付いてくる足音と微かに聞こえてくる声。


そしてそれが近付いた時に微かに感じられる、ほのかにフルーティーな香り。


「お兄ちゃん!いつまで寝てるの!」


思いの外近くから聞こえた大音声に、思わず跳ね起きる。


あ、知ってた?大音声って(だいおんせい)じゃなくて「だいおんじょう」が正しい読み方なんやで、豆知識だよっ!


なんて現実逃避をしてる場合じゃなかった。


俺が目を覚ました部屋は全く記憶にない部屋。


と言っても病院という訳でもない、いかにも普通の男子高校生の部屋という感じの一室。


勉強道具が全く置かれていない学習机。


その横には所狭しと並んだ漫画本が詰め込まれた本棚に、テレビとゲーム機が置かれた棚。


確かに俺の好みそうな部屋ではあるものの、残念ながら全く見覚えがない。


ここ、何処だ……?


「ちょっとお兄ちゃん?


いつまでぼーっとしてるの?」


そして、何より。


現実世界の俺に、俺の事をこんな風にお兄ちゃんだなんて可愛らしい呼び方をする妹なんていない。


いや、いるわけがないっ!


弟なら居たが、可愛さなんて毛ほども無い。


俺の事を兄貴とすら呼ばなくなって、おいとかお前とかだからな……。


いやまぁ……実際可愛いかったらそれはそれでキモイけど……。


いやまぁ……それはそれとして。


今目の前にいる俺の妹(仮)には確かに見覚えがあった。


「ひーちゃん……?」


彼女の名前は大石日奈美。


首筋くらいの長さの淡く茶色味がかかったショートヘアに黒縁メガネ。


背は大体俺の肩くらい。


一般的に地味と呼ばれがちな見た目だが、性格は活発で明るい。


俺の二個下で同じ専門学校に入学し、それ以降一番親しくなった後輩だ。


働き出してからもなんだかんだその関係は続き、いつからか俺が兄的な存在だから、と言う理由でお兄ちゃんと呼ぶようになったのだった。


「いつまでも寝ぼけてないで早く支度しないと

!学校に遅れちゃうよ?」


「が、学校……?」


言われて彼女を見る。


ひーちゃんは見た事のない制服を身にまとっていた。


首筋に付いた少し長めのリボンは赤と青のチェック柄。


薄水色の半袖ブラウスに、紺色のニット。


リボンと同じ柄のプリーツスカートから伸びる足はシミ一つなく健康的で思わず目を奪われ……


「……お兄ちゃん……?」


普通に見すぎた。


少し恥ずかしそうにスカートの裾をつまみながら睨まれた。


「あ、ははは、すまんすまん。


だって可愛いんだもの……。


「え、えっと、俺ってさ、誰だっけ?」


まずはそこからだ。


例えばだが自分は本当は死んでいて、ひょんな事から別の誰かと入れ替わっていた、なんて言う話も聞く。


いや、まぁ漫画とかの話だけども……。



「お、お兄ちゃん……?


まさか…き、記憶喪失!?


お母さん!!お兄ちゃんが!!」


「わー!!待て待て!」


大慌てで部屋を出て行こうとする日奈美の腕を掴んで引き寄せようとするも、バランスを崩して二人とも倒れる。


「うわっ!」


「きゃっ!」


そのままベッドに二人して倒れる。


意図せずして俺が日奈美を押し倒したような体制になる。


「えっ……あ、あの……。」


顔を真っ赤にしてブツブツ呟く妹(仮)と至近距離で目が合う。


「あ、いや、ご、ごめ……」


「あんた達何バタバタして……は?」


ドアを開けて入ってきたリアルでもおなじみの母さんこと|三澄由利香は俺達の姿を見て無言でドアを閉めた。


「いや……!ま、違っ!」


「もうっ……!いつまで乗ってるの!」


日奈美に突き飛ばされた。


そのまま日奈美は顔を赤くしたまま逃げるように部屋を出て行った。


「あ、ちょ、ひーちゃん!


……行ったか……。」


「あーあ、朝からお盛んですね。」


突如、目覚める前に脳内から聞こえた声が近くから聞こえてくる。


「い、一体どこから……?」


「よいしょっと。」


辺りを見回していると、そいつは学習机の引き出しからひょっこりと顔を覗かせた。


さながら某青狸、いやネコ型ロボットみたいに……。

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