第31話 「あいたい」




「…………またここにいたのか」


 苓祁兄の声がする。

 でも私は顔を上げることが出来なかった。


 けーごに最後のめーるを送ってから、もう何日が経っただろうか。あれから私はずっと集落の隅っこで膝を抱えていた。

 動きたくなかった。何もしたくなかった。

 手にはもう動かないけーたいがある。何度も何度も電源ボタンを押したけど、一瞬も付かなかった。

 もう、何もする気にもなれない。

 心の中が空っぽになったみたいだ。


 ついこの間まで、目の前はキラキラ輝いていたのに。

 でも、仕方ないことだって分かってる。いつかはこうなるって、いつかはけーごと別れなきゃいけないってことくらい分かってた。

 分かっていたけど、分かりたくなかった。

 あの時間がずっと続いてほしかった。終わってほしくなかった。

 けーごと、もっとお話ししたかった。


「……呉羽」

「…………」

「……時間はたくさんある。きっと、忘れられる」


 忘れる。

 忘れる?

 私、忘れちゃうの。忘れることが出来るの?

 今、こんなにも寂しいのに。悲しいのに。この気持ちが消えちゃうことなんてあるの?


「……やだ」

「……」

「嫌だ……忘れるの、やだよ……」


 大事な思い出。色んな感情。けーごを好きだと思う気持ち。どれも私の宝物。それを忘れたり、気持ちに蓋をしたりなんかできない。

 出来ないから、今こんなにも苦しいのに。


「忘れたく、ないよ……けーごのこと、忘れるなんて、やだよ……」

「呉羽……」

「う、うううう……」


 もう体が枯れるほど泣いたと思ったのに、目からポロポロと涙が零れてきた。

 胸が痛い。苦しい。

 このまま息が止まっちゃいそうなくらい、涙が止まらない。


 今、けーごはどうしてる?

 私のこと、忘れちゃったかな。

 少しくらいは寂しいって思ってくれてるのかな。

 それとも、顔も知らない私のことなんてどうでもいいって思ってるかな。


 私は、悲しくて仕方ないよ。


「……会いたいか?」

「え?」

「その人間に、会いたかったか?」

「……あい、たい……?」

「素直に言っていい。お前は今、どうしたい?」


 素直に。

 今、私はどうしたい?


「………………あい、たい」

「……」

「会いたい。けーごに会いたい。会ってお話したい」

「それでお前が傷つくことになってもか?」

「いい。それでもいい。鬼だって知られてもいい。拒絶されてもいい。嫌われてもいい。それでも、私のこと、本当の私のこと知ってほしいよ」


 けーごの顔が見たい。

 けーごの声が聞きたい。

 直接、私の言葉を届けたい。

 直接、伝えたいよ。


「会いたいよぉ……けーご……」


 泣きじゃくる私の頭を、苓祁兄がずっと撫でてくれた。

 分かってる。そんなこと、出来ないって。人間は鬼を怖がる。鬼の私を見たら、けーごが怖がっちゃう。けーごを困らせたくない。

 優しい人を、傷つけたくない。


 それでも、あなたに会いたい。



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