第30話 【喪失感】





 それは、耐えがたい喪失感だった。


 昨日、突然送られてきた呉羽からのメール。

 最後だと、書かれていた。俺はすぐに返事を送った。だけど、何度送っても俺のメールはエラーで返ってきてしまった。

 なんだよ、それ。ふざけんなよ。

 言いたいことだけ言って終わらせるなよ。俺は、まだお前に言いたいことが、話したいことがまだあるのに。


「どうしちゃったんだよ、圭吾」

「……なにが」

「何がって、言わなくても分かるだろ」


 宏太が呆れた顔で話しかけてきた。

 コイツがこんな顔をする原因は分かってる。


 俺は昨日、久々に喧嘩をした。

 いつもなら軽くするスルー出来るようなウザい絡みに物凄くイライラして、相手を殴ってしまった。

 周りが止めに入るまで、俺は拳を振り続けた。

 行き場のない怒りをぶつけるように。


「もしかして、フラれたのか?」

「は?」

「だって最近は機嫌良かったじゃん。それが急にこうだろ」

「……フラれてねーし」


 そもそも告白もしてないし、好きとかそういう風に考えたことはない。

 だって相手は顔も知らない相手なんだ。そもそもガキ相手に、俺がマジになるわけ、なかったはずなのに。


 なんだよ、あのメール。

 あんな風に言われて、俺がなんとも思わないと思ったのかよ。

 人に迷惑をかけてばかりの問題児だった俺が、あんな風にストレートに感謝の言葉を言われたのは初めてだった。

 あんな、純粋な言葉を貰ったことだって、初めてだった。


 好きとか、そういうんじゃないんだ。

 ただ、大切だった。アイツとメールしてる時間が楽しかった。

 呉羽が喜ぶ写真を撮りたいとカメラを構えてる時間が、楽しかった。

 会いたいと、本気で思った。


 でも、こんな俺を見せられない。

 こんなことになるなら嘘なんかつかなきゃよかった。

 本当の俺で、話をすれば良かった。

 もう、俺の言葉が呉羽に届くことはない。何度も何度もメールを送っても、アイツには伝わらないんだ。


「…………今日はもう帰る」

「え、まだ来たばかりじゃん」

「今日は無理。誰の顔も見たくない」

「…………重症だな」


 これ以上誰かと一緒にいたら、また殴ってしまうかもしれない。

 ずっとイライラして、むしゃくしゃして、呼吸の仕方すら忘れそうになる。


 今の俺を見たら、呉羽はどう思うかな。

 きっと幻滅するかもしれない。でも、それでもいい。本音をぶつけることが出来るなら、それでもいい。

 だから、もう一度俺にメールをくれよ。

 どうすれば、お前に会えるんだ。お前はどこにいるんだ。どんな顔で、どんな声で、どんな、どんな。


 どうすれば、いい。

 俺は、もう撮る必要のなくなったカメラ。つい習慣になったせいで鞄に突っ込んできてしまった。

 もう撮る理由がない。撮りたい気持ちもない。見せたい相手がいないんだ。

 これから色んなものを撮って、もっと色んな写真をお前に見せたかったのに。


 なぁ、呉羽。

 返事をくれよ。



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