第29話 「さようなら」



 それは、突然のことだった。


「な、なんだこれ」


 朝、飽きてすぐにけーたいを開いたらなんか文字が出てきた。

 けーごとのめーるで出てこなかった漢字だから、何て書いてあるのか全然分からない。

 何かをしてくださいって書いてあるみたいだけど、これは何なんだろう。こんなこと今まで起きたことないから、どうしたらいいのか分からない。

 けーごに聞く?

 でも、この漢字がなんて読むのか分からない。どう打てばいいのか分からないよ。


「……苓祁兄」


 そうだ。苓祁兄なら分かるはず。

 私は慌てて立ち上がり、里中を走り回った。


「苓祁兄! 苓祁兄ー!!」


 走りながら、必死に叫んだ。

 いま苓祁兄が里にいるかどうかも分からない。でも、こうするしかない。苓祁兄が来てくれると信じて、捜すしかないんだ。


「苓祁兄……苓祁兄! れーきーにいー!」


 叫びながら走ったせいか、ほんの数分で疲れてしまった。

 足を止めて息を整えていると、木の上がガサって揺れた。


「何だよ、そんなに大声出して。何があった」


 木の上から降りてきた苓祁兄が心配そうに来てくれた。

 私の様子がいつもと違うせいか、苓祁兄はとても困った顔をしてる。でも私も困ってる。とても困ってるんだ。


「苓祁兄、けーたいにこんなのが出てきたんだ」

「はぁ? なんだ、充電が切れそうってだけじゃねーか」


 苓祁兄が大きく溜息を吐いた。

 じゅーでんって何だろう。切れるって、どういう意味だ。刃物なのか。


「充電っていうのは、何て言えばいいのかな。その携帯を動かしてる力、みたいなものだ。それが無くなりそうってことだよ」

「それが無くなったらどうなるんだ?」

「もう携帯が使えなくなる。てゆうか、今まで充電切れたことなかったのか?」

「う、うん。こんな文字出たの初めてだけど……」

「……マジか。その携帯拾ってから一か月以上経ってるよな……変な携帯だとは思ってたけど……まぁいいや、ちょっと待ってろ。俺が戻るまで携帯付けるなよ」

「う、うん」


 苓祁兄は走ってどこかに行ってしまった。

 よく分からないけど、今は言われた通りにしよう。

 私は苓祁兄が戻るまでけーたいを閉じたまま、ギュッと胸に抱いていた。



 数十分くらい経ち、苓祁兄が何か袋を持って戻ってきた。

 それは、もばいるばってりーとかいう紐の付いた塊で、これを使えばじゅーでんが出来るらしい。


「ガラケーの充電機なんて売ってなかったから焦ったぞ。変換器があったから良かったけどよ」

「苓祁兄がなんて言ってるのか分からない」

「知らなくていいんだよ。こいつをここに差せば、充電が……あれ?」


 けーたいに何かよく分からないものを差した苓祁兄が、画面を見ながら首を傾げた。

 何回も差し直しながら困った顔をしてる。


「駄目だ」

「え?」

「全く充電されない」

「え……な、なんで?」

「何でって言われてもなぁ……元々こいつは変な携帯だった。こうなってもおかしくはない」


 でも、じゅーでんがされないってことは、このけーたいが使えなくなるってこと?

 それじゃあ、もうけーごとメールできないの?


「な、なんとかならないのか?」

「…………呉羽。ここがもう潮時なんじゃないか?」

「え?」


 頭が、サーッと冷えていく感覚がした。

 やだ。それ以上、聞きたいない。

 手が震える。怖い。やだ、嫌だよ。


「いつかはこうなる日が来るんだ。いつまでもその人間とメールを続けられるわけじゃない。わかるだろ? 俺達と人間じゃ生きていく時間が全く違うんだ」

「や、やだ……」

「ゴメン。俺が最初から止めておくべきだったな……」

「やだ、やだやだやだ!」

「呉羽……このまま続けてても、お前が傷つくだけだぞ。それとも、鬼のお前が人間に会いに行くつもりなのか」

「っ!」

「向こうだって、いつまでお前とメールを続けていくか分からないんだ。お前より先に、相手が飽きるかもしれない。仕事とか、家庭を持ったら、顔も知らない相手に構ってる時間もなくなるだろう」

「……でも、でも……」


 苓祁兄が、悲しそうな顔をしてる。

 ごめんなさい。ごめんなさい、苓祁兄を責めたいわけじゃないんだ。でも、胸がぎゅって握り潰されそうなくらい痛くて仕方ないんだ。

 私、やめたくないよ。

 もっとけーごとお話したいよ。


「やだ……やだぁ」

「ごめん、呉羽……ごめんな……」


 涙が止まらなかった。

 分かってた。いつかは終わりが来ることくらい。

 けーごがずっと私とめーるを続けてくれたとしても、人間であるけーごは先に死んじゃう。何百年も生きる鬼と違って。

 だけど、まだ、終わってほしくなかった。



『圭吾。これが、最後のメールです』


 さよならを、別れの言葉を告げなくちゃいけない。

 ありがとうを、たくさん詰め込んで。



『もうめーる送れなくなっちゃうの。だから、バイバイしなきゃいけない。


 わたしのめーるに返事くれてありがとう。

 めるともになってくれてありがとう。


 圭吾に会えて、色んなこと知れて、本当にうれしかった。

 おわかれ、すごくかなしいけど、圭吾のこと忘れないよ。


 わたしのめーる、届いたのが圭吾で本当によかった。


 わたしはずっとひとりだったから、圭吾に会えて、めーるできて、しあわせだった。

 しあわせな時間をありがとう。


 いっぱい、いっぱい、ありがとう。


 わたし、圭吾のこと、だいすきになったよ。

 きっと、これがすきなんだと思う。

 おしえてもらえなかったから、合ってるかわかんないけど、たぶん、これがすき。


 だから、ありがとう。


 たくさんのこと、おしえてくれてありがとう。

 しあわせをいっぱいくれてありがとう。

 だいすきをくれてありがとう。

 だいじなともだちになってくれてありがとう。


 もうこのけーたいは使えなくなっちゃうけど、これからもずっとだいじにするから。


 バイバイ、圭吾。


 バイバイ、バイバイ、だいすき』



 メールを送信した瞬間、ぷつんと携帯が真っ暗になった。

 何度もボタンを押しても、動かない。


 もう、けーごのくれた写真すら見れない。

 もう、けーごのくれた言葉を読むことすらできない。


 お別れがこんなに悲しいものだなんて、知らなかった。

 知りたく、なかったな。



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