第20話 【進路】



「なぁ圭吾」

「あ?」

「さっき、先生がお前に学校の写真撮ってほしいって言ってたぞ」

「は?」


 いきなり宏太が言い出したのは、俺の写真を見た先生が来年度の学校案内のパンフレットに使う写真を撮ってくれないかって。もちろんプロにも頼むけど、一部に生徒の写真も使いたいらしい。写真部の奴らにも俺と同じような話を持ちかけているとか。なんかこの学校では毎年そうしてるらしい。今まで興味なかったから知らなかったけど。入学した時もパンフなんて見てないし。

 なんで写真部でもない俺なんかに頼むのか分からないけど、先生に媚売っておくのも悪くない。俺はそれを引き受けることにした。


「なんか意外だな」

「んー?」


 俺は早速カメラを持って校内をうろついていた。

 その後ろを何故が付いてきた宏太が呟くように言う。まぁぶっちゃけ俺も意外だよ。俺がこんなこと引き受けることも、先生が俺にこんなこと頼むことも。


「もしもし圭吾さんよ?」

「……んだよ」

「なんでカメラなんかに目覚めたんだよ?」


 宏太の問いに俺は一瞬だけ手を止めた。

 そう疑問に思うのも無理はないよな、うん。特にお前は今までの俺を一番身近で見てきてるし。

 俺も不思議だよ。こんなに夢中になるなんて思いもしなかった。


「……何となく、だよ」

「ふーん。まぁ、俺は今のお前の方が良いと思うけどな」

「そうか?」

「うん。なんか充実感みたいなの溢れてる」

「何だよ、それ」


 充実してることに変わりはないけど、なんかそれを他人に言われると素直に受け取れない。

 やっぱり俺、そんなに変わったか。そりゃそうか。先生が俺に頼みごとするくらいだもんな。

 今まで素行が悪くて注意されることは多かったけど。キッカケって凄いな。

 たった一つのキッカケでここまで変われるんだ。人生って何が起こるか分かったもんじゃないな。

 こうやってレンズ越しに写る世界を眺めている自分が存在すること、それを見て満足してる自分。もっと綺麗に撮りたい、色んなものを撮りたい。

 自分が綺麗だと思える瞬間を収めたい。そう思ってる自分が不思議で、違和感だらけで、少しだけ自分を好きになれそうな感がある。


「なぁなぁ、俺も撮って!」

「この前撮ってやっただろ」

「いいじゃん、ついでついで!」

「何のついでだよ……」

「この大学、こんなカッコいい人が通ってるのね! みたいな感じで女子が集まるかもしれないだろ」

「……載せるかどうか決めるのは俺じゃなくて教師だぞ」


 無駄にカッコつけてポーズをとる宏太を無視して俺は撮影を続けた。

 これが色んな人の目に触れることになるんだから、満足いくものが撮りたい。

 とはいっても、構図とかそういうの勉強したわけじゃないから限界もある。趣味の範囲ならそれでもいいかもしれないけど、多くの人に見られるってなると素人っぽさがあると恥ずかしいような気がしなくもない。


「……どうすっかな」

「何がー?」

「お前には関係ない」

「なーんだよーそんな言い方すんなってーのー」


 確か写真部に知り合いがいたな。

 とはいっても仲が良い訳じゃないし、少し話したことがある程度なんだよな。

 ちょっと聞きに行きたい気もするけど、俺みたいなのが急にマジになってたら恥ずかしいし。


「けーいーごー」

「あ?」

「もしかして、プロ目指しちゃう?」

「は? 俺が? 写真で?」

「違うのか? てっきり将来のこと決めたのかと思った」

「んな訳ないだろ……俺がマジでそんなの目指すとか……ねーわ」

「そうか? 良いと思うけどなぁ」


 良い訳あるか。

 俺だぞ。この俺だぞ。今まで適当にしてきたし、今でも適当で自分勝手だし。

 少しは変わったと思うけど、根本的な性格が変わった訳じゃないんだ。


「あのさ、圭吾」

「何だよ、さっきから」

「あんまり周りの目とか気にすることないんじゃないか?」

「は?」

「お前、どうせ真面目になるの自分に向かないとか思ってるんだろうけど、そんなこと言ってたら卒業後ニート一直線だぞ」


 随分とキツイこと言うな。

 確かにお前の言う通りだけど、周りがどうこうっていうより俺自身がマジになってる自分をイメージできないってだけだ。


「俺、もう決まってるぞ」

「何が」

「進路」

「お前が!?」

「おう。てゆうか、圭吾も知ってんだろ。俺、教育学部だぞ」

「……ああ、そうだっけ」


 つまりお前、教職目指してるのか。

 意外だ。そういえば、大学に入る前にそんなことをコイツに言ったような気がする。

 コイツもちゃんと将来のことちゃんと考えてるのか。合コン参加しまくって、俺と一緒に喧嘩なんかもしまくっていたのに。


「……俺、お前の撮る写真結構好きだぞ」

「キモい」

「即答すんなよー」


 好きなことを仕事に、とか無理だろ。

 世の中そんな上手くいかないし、俺みたいなのがそんな調子の良いことできるかっての。


「……」


 俺はカメラをジッと見つめた。

 進路か。決めないとだよな、俺も。


 きちんと大人にならないと。

 だよな、呉羽。



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