第19話 「おに」
最近、ちょっと寒くなってきたってけーごは言ってた。
前に苓祁兄に聞いたけど人間界には四季っていうのがあって、季節ごとに寒かったり暑かったりするんだって。
鬼の里には季節がない。たまに天気が変わったりするだけで、特に変化とかそういうものは全くない。
何も変わらない。この世界は何一つ変わることなく、長い長い月日ばかりを重ねていく。
ただ、それだけ。私の知ってる世界は、ここだけ。
違う。ここだけ、だった。
今は違う。少しずつ自分の世界が広がっていった。
私はけーごからのめーるを開く。最近、けーごはカメラに夢中なんだって。それで色んなものを撮って送ってくれる。
最近送ってくれたのは、空に出来た綺麗な虹。けーごのおかげでキレイな虹を毎日見ることが出来る。それが嬉しい。
写真って本当にスゴイな。けーごが送ってくれる写真は本当にキレイ。目で見る世界とはなんだか少し違う。何だかキラキラして見える。
けーごが撮ってくれたからなのかな。特別だから。これが宝物だから。だからより一層キラキラ、キレイに見えちゃうのかもしれない。
「キラキラ。うふふっ」
小さな画面に映った、私の宝物。けーごがくれた宝物。
うれしいな。けーごも写真撮るの楽しいって言ってた。私のおかげだって、そう言ってくれた。
私は何かした覚えはないけど、けーごの役に立ったのかな。そうだったらうれしい。ものすっごくうれしい。
「おい」
「きゃああ!!」
突然声を掛けられ、私は体が飛び上がるくらいビックリした。
もちろん、私に話しかけてくるのは一人しかいないけど毎回いきなり話しかけられたらビックリするよ。
「れ、苓祁兄!」
「毎回大声出すな、ビックリするだろ」
「ビックリしたのは私の方だよ! いきなり声掛けないでよ!」
「じゃあどうやって話しかければいいんだよ」
「え? えーっと……少しずつ遠くから気配を出して……」
「めんどい」
何だよ、それ。こっちはものすごく驚いたのに。
てゆうか、苓祁兄がこっちくるの久しぶりだな。私はうれしくてぴょんと飛び上がった。
「苓祁兄、久しぶり!」
「おう。どうだ? 調子は」
「うん、何も変わらないよ」
「そうか。ん? その携帯、まだ持ってたのか」
「え? う、うん」
苓祁兄がけーたいのことに触れた瞬間、私の心臓がドキッとした。
まだ人間と関わってるなんてって、怒られるかな。没収されないかな。ドキドキしながらけーたいをギュッと握りしめる。
でもそんな私の不安も余所に、苓祁兄は欠伸をしながらその場に座り込んだ。
「ふあ、あ……あーねっむい」
「大丈夫か?」
「んー、まぁな。それより、お前……そろそろ力の制御は出来るようになったか?」
「う……」
「まだっぽいな」
なんだ、その話か。ちょっとだけ安心したけど、少し心が沈んだ。
私、大人になることに少し迷いが残ってる。人間界にはいきたいし、大人になりたいって気持ちも当然ある。
でも、迷いは消えない。心の片隅にしっかり残ってる。もしかしたら、この気持ちのせいで私は力の制御が出来ないのかな。
「……無自覚か」
「え?」
「いや、なんでも。お前の場合、自分で気付かないとダメだろうから。逆に意識すると壊しちゃうかもしれないしな」
「うん?」
苓祁兄の言ってる意味が分からない。
何のことだろう。自分で気付くって何? 私が聞いても多分苓祁兄は答えてくれないだろうから諦めるしかない。
「ねぇ、苓祁兄」
「何だ?」
「大人になるって、どういうことかな」
「……何だよ、急に」
「んー……最近、なんか色々考えるようになったの」
「ふうん……まぁそう言う風に思うことは悪いことじゃないわな」
「本当?」
「ああ」
隣に座った私の頭を苓祁兄がポンポンと撫でてくれた。
「大人なー。それは俺にも何て答えればいいかわかんねーな」
「そうなの?」
「そういうのって、あれが出来れば大人だとか、そういう定義って曖昧なんだよ」
「ふーん……」
「まぁ人間だったら成人したら大人だとか、結婚して子供が出来たらとか……まぁ考え方はいろいろあるだろうけど」
鬼も子供を作ったりするけど、それが大人になったって感じはしないな。
何だか難しいな。苓祁兄に聞けば何か分かるかなって思ったけど、やっぱりそんな簡単にはいかないんだな。
「そもそも、鬼の数も極端に減ってるからな……」
「そうなのか?」
「そうだよ。てゆうか、俺もお前以外の鬼はもう知らない」
「私たち、だけ?」
「さぁな。俺が知らないだけでどっかにいるかもしれないけど」
そうだったんだ。もしかして、気配を感じてないとかじゃなくて里にはもう鬼がいないのか?
みんな、もう人間界に出てしまったのか?
「もしかしたら、お前で最後かもな……俺達、鬼の時代も」
最後。
私、何も考えてなかった。そうだよね、私だって苓祁兄と同じだ。そういうの、子供を作るとか考えたことない。
大人になって人間界に行くことしか考えてない。きっと他のみんなも同じだったんだ。だから鬼は生まれない。
私の代で、最後になってしまう。
「ま、終わるんだったら掟もくそもないよな。とは言っても、掟とかなくても俺達が人間と仲良くなろうなんて気にはならないだろうけど」
「……どうして?」
「どんなに力の制御が出来たって、俺らには馬鹿みたいに強い力がある。こんな力を持ったまま、人間と同等に暮らせると思うか?」
「……わかんない」
私には分からないよ。
でも、苓祁兄の言うことはすごく分かる。やっぱり、そうだよね。
何だか、寂しいな。
私が膝を抱えると、苓祁兄が小さく息を吐いて頭をグリグリって少し乱暴に撫でた。
「苓祁兄?」
「お前は難しいこと考えくて良い。今はとにかく力の制御ができるようになれ」
「う、うん……」
「良いんだよ……鬼のこととか、今後どうなるのかとか、そういうのは」
「うん……」
本当に良いのかな。
寂しいまま、終わっちゃっていいのかな。
わかんない。
私には、何も分かんないよ。
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