第18話 【誰かのため】




 あれから俺は、ちょっと奮発して高いデジカメを買った。

 こんな高い買い物はバイト始めた当初に自分用のパソコンを買ったとき以来だ。なんかハマったんだよな。意外に面白い。

 多分見せる相手がいるからっていうのもあると思う。

 俺が写真を撮って、それを呉羽に見せる。何を送ってもアイツは喜んじゃうから、技術の向上には繋がらないけどそれはそれでいい。


 休みのときに適当に街をうろついて景色を撮っていくのは楽しい。

 アングル、構造とかそう言うの気にしながら建物を撮ってみたり、何となく空を撮ってみたり。

 この前、俺が写真撮り始めたのを宏太に知られて無理やり何枚か撮らされたけど、それはそれでまぁ悪くはなかった。

 たまに公園とかで写真撮ってると子供が撮ってってせがんだりもする。俺の見た目のせいで近くに居た親が一瞬嫌そうな顔をするけど。


 そういえば、あれからひと月が経ったみたいだ。

 ふと呉羽から初めて受け取ったメールの日付を見て気付いた。

 ここ最近は時間があっという間に過ぎていったせいで全く気付かなかった。というか、時間の流れとかそういうの気にならなかった。

 ちょっと前までは毎日退屈で仕方なかったのに。たったひと月で、こんなに変わるんだな。意外だ。キッカケ一つで、こんなに人が変われるなんて。


 俺はパソコンで撮った写真を整理しながら呉羽に送るものを選んでいく。

 これは、良いな。こっちは微妙。もう少し右に寄った方が良かったかもしれない。こっちはピントがズレてる。


「……ふぅ」


 一息ついて、俺は後ろに寝ころんだ。

 あれかな、趣味を持つってこんな感じなのかな。一つのことに没頭して、時間が経つのも忘れて、充実感で満たされていく。

 うん、悪くない。


「よし、これでいいか」


 呉羽にメールを送り、俺は買ってきた缶コーヒーを開けた。

 アイツ、どんな反応するかな。文面ではメッチャ喜んでいたけど、実際はどうなんだろ。さすがにアイツのリアクションは大袈裟すぎると思うんだよな。まぁ、素直に嬉しかったけど。

 やっぱり謎だな、アイツ。本当に変な奴。だから接してて飽きないのかもしれないけど。


「それにしても会いたいとか言われなくて良かったな……」


 これで会いたいとかそういうこと言われたら正直困るというか、リアルの俺を見せたくない。

 まぁ、呉羽からそんなことを言い出しそうな雰囲気は全くないし、安心して今の関係を続けられるからいいんだけど。


「……飯でも買いに行くか」


 買い置きのカップ麺もないし、ちょっと補充しておかないとな。俺は上着を羽織って近くのスーパーへと向かった。

 コンビニで済ませようとも思ったけど、デジカメ買ったせいで金がないから仕方ない。バイト代が出るまで節約しないと。

 どうせなら良いヤツが良いだろうと思って高いのに手を出しちゃったからな。もう少しバイト代貯めてからにしておけばよかった。

 こういうの衝動買いって言うんだよな。まぁ暫くは酒とか控えればいいだけの話か。飲み会とかそういうのでいつも金吹っ飛ぶし。

 今までは他に金の使い道なかったからそれで良かったけど、今後はそうもいかないな。せっかく趣味見つけた訳だし。

 今度はプリンターも欲しいな。パソコンに保存しておくだけってのも何か写真として味気ない。プリンターの値段ってどれくらいだっけ。それはさすがにある程度金に余裕がある時にしておくか。


 スーパーでの買い物を済ませ、自室へと帰ってきた俺はさっき届いた呉羽からのメールに目を通す。

 思った通りのリアクションだな。本当に分かりやすい奴。


『写真、ありがとう! とてもうれしい。きれい! 空、キラキラしてる!』


 送ったのは、この前撮った虹の写真。相当気に入ったみたいだな。結構狙って撮ったからな、これ。

 雨上がりにどっか虹出てないかって歩き回ってみて良かった。まさか俺が虹を撮るために外うろつく日が来るとはな。


『気に入ってもらえて良かった。俺もこの写真気に入ってるんだ』

『圭吾、すごい。とてもとてもすごいよ。きれい。私、これすき。だいすき』


 喜びすぎだっての。ヤベーな。顔ニヤけるんですけど。何なの、お前。それ素でやってんの?

 マジで嬉しすぎるというか、恥ずかしいというか、正直照れる。本当にもうダメ。照れ死ぬ。顔が熱い。嬉しいとか何だよ俺。


「あー、くっそー……」


 また写真撮ってこよう。

 もっとお前が喜びそうなもの、いくらでも撮ってやるよ。



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