第6話 【大人と子供】



「……本当に、変な子供」


 俺はスマホをベッドの上に投げ捨て、深く息を吐き出した。

 わざわざパソコンで泣いた赤鬼の話を調べて、それをメールで長々と打ったせいで疲れた。まぁ大半はコピペだけど。

 昔、母さんに絵本で聞かされたっけ。でも、なんで急に鬼がどうとかそんなこと聞いてきたんだ?

 寂しいって気持ちが分からないとか、そんなガキいるか?

 やっぱり変な奴だ。もしかして、病気とかで家から出られないとかそういうのか? それだったら友達がいないのも納得だ。

 ちょっと変なこと言ったりするのも、まぁちょっと一般常識を知らなくても仕方ない。外の世界を知らないんです的な。

 でも、そうなると俺には重荷だな。そんなガキの相手に俺はちょっと合わないんじゃないか。

 いや、まぁメールでは良い人ぶってるけどさ。とりあえず、まだそうと決まった訳じゃないし、あまり変なことは言わないように気を付けるか。

 それで適当なところで見切り付けた方がいいかもな。


「これでイタズラだったら、ある意味感動ものだな」


 小説家にでもなる気かって言いたくなる。もしそうだったら本気で騙されてるぞ。

 そうだな。探りを入れるつもりでちょっと踏み込んでみるか?


『あのさ、呉羽。呉羽はいつも何してるの?』

『いつも? おさんぽ、とか』


 散歩?

 そうか、外には出てるのか。でも学校には行ってなさそうだな。これは病弱説もあり得るか。


『そうなんだ。ヒマじゃない?』

『ううん。たのしいよ。いまは圭吾とめーる、たのしい』


 直球だな。少し恥ずかしくなるんですけど。

 本当に子供は発言がストレートだな。


『ありがとう。俺も呉羽とのメールは楽しいよ。そういえば、呉羽のご両親は?』

『親? いない』

『え?』

『小さいころからいない。いるの、れき兄だけ』


 れき兄?

 兄貴はいるのか。ヤバい、結構重たい話になりそうだな。

 もしかして、兄弟で施設にいるとか?

 それとも親戚の家に預けられてるって可能性もあるけど、なんか意味分かんなくなってきたな。とにかく訳ありってことだよな。よし、面倒だからこれ以上の詮索は止めておこう。

 人様の家の事情に踏み込んだところでいいことはない。


『お兄さんがいるんだね。俺は兄弟っていないから、ちょっとうらやましいな』

『れき兄、大人。はたらいてて、えらい。私も、大人になりたい』

『呉羽は早く大人になりたいんだ』

『圭吾は、大人?』

『俺は、どうかな。成人は迎えたけどまだ学生だし、まだまだガキかな』

『ばいと、してるって言ってた。はたらいてるの、大人ちがう?』

『バイトは学生でも出来るからね。ちゃんと就職、しゅうしょくとかしてれば大人だって言えるかもしれないけど』

『そうなの?』


 なかなか答えにくいこと聞いてくるな。さすがは子供だ。

 俺は全くもって大人じゃない。小さい頃と大して変わりないガキのまま。

 毎日適当に過ごして、適当にバイトで稼いでるだけ。一人暮らしはしてるけど家賃の半分は親が出してくれている。つまりは親のスネかじって生きてる訳だ。

 正直、こうして大学にまで通っているけど将来のことなんか何も考えちゃいない。本当は大学だって行く気はなかったけど、親がどうしてもって言うからギリギリ受かったところを通ってるだけだし。

 親父がよく言ってたっけ。俺みたいな馬鹿は、とりあえず学歴だけでも持っておかないとあとで苦労するって。

 ぶっちゃけ大学出たからって俺みたいなクズを雇ってくれる場所があるものかどうか。このままだと適当なバイト生活で一生を終えそうだ。


『呉羽はどんな大人になりたいの?』

『私? わかんない。でも、ちゃんと大人になりたいな。ちゃんと、みとめられたい』


 ガキのくせにちゃんと考えてるな。俺なんかよりしっかりしてるよ。

 なんか、子供がこういう風にしっかりしてると適当に生きてる俺が恥ずかしくなる。やっぱりこのガキは、俺とは生き方が全然違うな。

 俺みたいなクズになるなよ。そんな心配もいらないだろうけど。


『しっかりしてるね、呉羽は。きっといい大人になれると思うよ』

『ほんとう? うれしいな。圭吾も、いいひと。いい大人になる』

『そんなことないよ。でも、ありがとね』

『私は、圭吾いい人だと思う。ぜったい。ぜったいだよ』


 あーあ、こんな簡単に信用しちゃって。悪い大人に騙されても知らないぞ。

 現に、こんな悪い男に騙されちゃってるんだからな。


『ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ。呉羽はすなおでいい子だね』

『思ったこと、言っただけ。圭吾はすてきな人。やさしい人』

『うん。ありがと。そんなこと言われないから恥ずかしいな』

『そうなの?』


 当たり前だろ。

 俺に向かってそんなバカなこと言う奴がいるかってんだよ。馬鹿なガキ。本当に、良い子過ぎて胸が痛むっての。


 でも、なんでかな。少し、頬が緩む。こんな恥ずかしいこと言われて喜んでるのか?

 ただただ照れるだけだろ、こんなの。

 たった一日と少しメールしただけで俺の何が分かるんだよ。しかも俺、こんなキャラじゃねーし。

 あー恥ずかしい。顔が無駄に熱いんですけど。


「もう少し、良い人が付き合ってやるか」


 仕方ないから構ってやるよ。一人で寂しい女の子にさ。

 ある意味でボランティアだな、これ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る