第3話 「とくべつ」





『おはよう、呉羽』


 掌に握りしめていたけーたいが震えて、目が覚めた。

 けーごからだ。けーごから私に送ってくれた。

 一瞬で目が覚めた私は、直ぐに返事をした。

 けーごに色々教えてもらったおかげで、めーるの打ち方も少しずつ覚えた。記号ってやつの使い方もなんとなくわかった気がする。と、思う。たぶん。

 言葉と言葉の間に点を挟むと読みやすいって教わったから、私もけーごを真似して使ってみるようにした。

 まだ点と丸の違いがよく分からないけど、それもちゃんと正しく使えるようにしていきたいな。


『おはよう。おきた』

『あれ、寝てた? 起こしてごめんね』

『ううん。けーご、きょうはなにするの』

『俺はがっこう、学校だよ。大学生だからね』

『がっこう。学校、しってる。おべんきょうするところ』

『うん。今日はバイトもないから、夕方くらいにはまたメール送るよ』

『うん。まってる。いってらっしゃい』

『いってきます』


 学校。勉強する場所。人間は必ず、子供のときは学校ってやつに行くらしい。

 そっか。けーごは学生ってやつなんだ。

 苓祁兄に聞いたことある。基本的に鬼は大人になってから人間界に出るから、学校に通う人はあまりいないみたいだけど。ああいう場所は人間がいっぱい集まるから危ないって。


「んー!」


 思いっきり背伸びをして、気持ちを切り替える。

 今日は何をしようかな。もう少し日が昇ってきたらお散歩しよう。

 それから、どうしようかな。ふと、私は手の中にあるけーたいを見た。


「……」


 このけーたい。やっぱり、苓祁兄に相談した方がいいのかな。

 だって、このけーたいは人間に繋がってる。どうしてなのかは分からないけど、けーごに届いてしまった。文字でお話ができてしまった。


 あれだけ浮かれちゃったけど、何かあったとき私はどう対処すればいいか分からない。

 やっぱり、言わなきゃダメだよね。それで、お願いしよう。ちゃんと鬼だってバレないようにするから、けーたい取り上げないでって。

 きっと苓祁兄ならわかってくれるよね。


「苓祁兄なら、きっと」

「俺が何だって?」

「うわあああ!!」

「だからうっせーっての!」


 思いっきり頭を叩かれた。だったらいきなり話しかけるのやめてほしいな。

 苓祁兄、気配ないから物凄くビックリする。


「んで、俺が何だよ」

「あ、あのな。これ」

「ああ、昨日の携帯か。これがどうしたんだよ」

「これ、めーる送れたんだ」

「は? まさか……」

「本当だって。ほら!」


 私はけーごのめーるを見せた。

 苓祁兄は信じられないって顔してたけど、ちゃんと信じてくれた。


「こんな場所に落ちてる時点で変だとは思ってたけど……まさか圏外で送れちゃうとはな。じゃあ俺ともアドレス交換してみるか?」

「うん!」

「じゃあちょっと貸してみ。俺のアドレスに空メ送って……って、あれ?」

「どうしたんだ?」

「送れない」


 え、何でだろう。

 苓祁兄が何度も自分の携帯宛にめーるを送っているけど、やっぱり送信ができてない。おかしいな。確かに今朝は送れてたのに。


「んー、まぁいっか。変なこと送るなよ」

「え、いいのか?」

「別に問題はないだろ。お前ならバカなこと言わないだろうし、どうせ人間なんか鬼の存在なんて信じたりしないし」

「そうなのか?」

「ああ。人間の世界じゃ、俺達鬼ってのは架空の存在。お伽話とか、そういうものにしか出てこないものなんだよ」

「……そっか。なんか、悲しいな」

「まぁそっちの方が都合がいいさ。こっちは正体を知られる心配が減るし」


 そういうもの、なのかな。こうして私たちはいるのに、人間の世界ではいないものなんだ。

 じゃあ、私たち鬼って何なんだろう。でも苓祁兄の言う通り、私たちの存在は知られちゃいけないんだから確かに都合は良いんだよね。


「だからって、鬼だと悟られるようなことは言うなよ? 面倒なことは避けたいからな」

「わかってる! 大丈夫だって」

「……まぁ、他にも心配なことはあるけど、大丈夫だろ」

「ん?」

「いや、なんでもない。んじゃ、俺は帰る」

「え、何しに来たんだ?」

「暇潰し」


 それだけ言って、苓祁兄は帰っちゃった。暇潰しって、十分くらいしかいなかったけど。

 でも苓祁兄はああやって、しょっちゅう顔を見せに来てくれる。私の様子を見に来てるんだと思う。


「……それにしても」


 本当に変なけーたい。

 苓祁兄には送れなかった。けーごにしか繋がらないけーたい。

 けーごだけ。


「けーごにだけ……」


 なんか、嬉しい。このけーたいは、けーごにだけ私の言葉を届けてくれる。

 おかしなけーたい。だけど、特別なけーたいだ。


「ふふっ、うふふ!」


 私はぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして里の中を歩き回った。何か、言葉に出来ないけど嬉しい気持ちで体中がそわそわするんだもん。

 落ち着かないよ。早く夕方にならないかな。早くけーごとめーるしたい。今日はどんなお話が出来るのかな。どんなことを聞こうかな。


 ねぇ、けーご。

 けーごはどんな人ですか。

 私、もっと知りたいよ。


 人間のこと、人間の世界のこと、もっと教えてほしい。



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