第5話

高い崖の下を見下ろすと波が私を誘うように揺れている。それはとても暗くて空の闇と同化してしまっていた。






足が小刻みに震えているけどこれは寒さのせいではなく体が正直に死への恐怖を表しているのだ。


でも、もう後戻りはできない。この世に未練なんてないのだから。恐怖から恐怖へと戻るだけなのだから。






宛てなんてないけれど、






「さようなら……」






崖の向こうに背を向け暗い水中へと身を投げ捨てた。


冷たい風が私の体を包み、惜しむことなく水中へと堕ち

てゆく。






「あ……」






無残に堕ちてゆく私の身体を月の光が優しく暖かく照らしていた。


私の最期を看取ってくれるの?


優しい温かさに胸が熱くなり涙が滲む。



涙で美しいお月様が朧げに見えてしまい、次はいつ見られるのだろうと思うと少し悲しかった。思わず伸ばした手は高い空に届く事はない。


もし生まれ変われるのなら優しい世界がいいなぁ。






しばらくはお月様ともお別れだね……。

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